• 「麒麟がくる」美濃編ふりかえり特集

「麒麟がくる」美濃編ふりかえり特集

美濃編で話題になった観光スポットをおさらい
大河ドラマ「麒麟がくる」の美濃編では、岐阜県内の多くの“明智光秀ゆかりの地”が舞台となりました。
新型コロナウィルス感染症の影響で放映が一時休止された今、もう一度美濃編をふりかえってみましょう!
大河ドラマの物語を思い出しながらぜひお楽しみください!
若き光秀が過ごしたとされる美濃編のメイン舞台
大河ドラマ「麒麟がくる」の物語は、現在の可児市北東部から御嵩町西部にかけて存在したとされる明智荘で始まりました。古来「明智八郷」と言われており、現在の御嵩町の8つの集落を指します。この明智荘には、美濃国守護職土岐氏の一族が入り、土岐明智氏を名乗って代々明智荘を支配したという伝承が残されてます。
第一回や予告編の目玉は光秀たちが野党を迎え撃つシーン。ここで敵が使用した西欧の武器「鉄砲」の威力に魅了され、光秀は鉄砲を求めて奔走することになります。
明智城跡(可児市)
明智城跡(可児市)
明智城(明智長山城)は明智荘にある光秀の叔父・光安の居城で、光秀は落城するまでの約30年間をこの地で過ごしたとされています。ドラマ本編で光秀は光安を訪ねて何度も足を運びました。自然の地形を生かした典型的な中世の山城で、曲輪(くるわ)の跡が今も残っています。
天龍寺(可児市)
天龍寺(可児市)
第一回の紀行でも紹介されたここ天龍寺には、明智氏歴代の墓所があり、本堂には日本一大きい光秀公の位牌(184㎝)が納められています。光秀は鎌倉時代後期にこの地に土着した土岐明智氏の出身ではないかと伝わっています。
PICK UP!

麒麟がくる ぎふ可児 大河ドラマ館

光秀と各地の英傑たちに関わる企画や催し物が盛りだくさん

麒麟がくる ぎふ可児 大河ドラマ館

花フェスタ記念公園内にドラマに登場する衣装や小道具等を展示する大河ドラマ館が開館。園内の戦国イベントゾーンではあらゆる世代が楽しめるイベントを開催します。

美濃を治めた斎藤利政(道三)の居城
金華山山頂に位置し、岩山の上にそびえる岐阜城(旧・稲葉山城)は、難攻不落の城としても知られ『美濃を制すものは天下を制す』と言われるほどでした。のちに織田信長がこの城を攻略し地名を「岐阜」としたことで城も岐阜城に改めたといわれています。城内は史料展示室、楼上は展望台となっています。
毎回の光秀と道三たちとのやりとりでおなじみの美濃編メイン舞台の一つです。
下剋上を支えた斎藤家の菩提寺
第四回では光秀と道三が鉄砲の情報を求めて常在寺の住職・日運を訪ねる場面がありました。常在寺は斎藤道三とその父が二代にわたり美濃国を制する拠点とした斎藤家の菩提寺で、父・長井新左衛門尉は、京都から美濃へやって来た商人出身と言われています。国指定重要文化財である絹本著色の斎藤道三像や斎藤義龍像が所蔵されています。ここ常在寺は第十七回の紀行でも紹介されました。
織田塚(岐阜市)
織田塚(岐阜市)
第二回では尾張の織田信秀が美濃に攻め入り斎藤道三に大敗しました。信秀は幾度となくこの地に攻め入ったとされ、信長の叔父・信康を始めとした多くの戦死者が出ました。この戦死者を弔うための織田塚が浄泉坊(現在の円徳寺)に築かれました。
枝広館跡(岐阜市)
枝広館跡(岐阜市)
第三回の紀行で紹介された枝広館跡は、現在の長良公園内北西部にあったとされています。土岐頼芸はここに守護所を設けましたが、1535年の長良川の大洪水で枝広館も被害を受けたことにより山県市の大桑城に移したとされています。
大垣城(大垣市)
大垣城(大垣市)
第六回では織田信長の父・信秀と斎藤道三がこの大垣城(旧・大柿城)をめぐって争いました。関ケ原の戦いでは西軍・石田三成の本拠地にもなり、本戦部隊が関ケ原に移動した後も壮絶な攻防戦が繰り広げられました。
鷺山城跡(岐阜市)
鷺山城跡(岐阜市)
第十三回の紀行で紹介された鷺山城跡。金華山西北にある標高68mの鷺山にあり、城跡に碑が立っています。斎藤道三が土岐頼芸を追放した後、岐阜城を嫡男・高政に譲り、自らの隠居所としました。
道三塚(岐阜市)
道三塚(岐阜市)
美濃編の最後となる第十七回で、斎藤道三は嫡男・高政(のちの義龍)と争った長良川の戦いでの激闘の末、討ち死にしました。斎藤家の菩提寺であった常在寺の日椿上人が、この地に供養碑を建てたといわれています。
濃姫遺髪塚(岐阜市)
濃姫遺髪塚(岐阜市)
斎藤道三の娘として有名な濃姫(帰蝶)。ドラマ本編では織田信長の正室となったのちも光秀を支援したり、信長に頼りにされたりと重要な人物として活躍しています。本能寺の変で逃げ延びた家臣によって遺髪がここに埋葬されたと伝えられています。
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麒麟がくる 岐阜 大河ドラマ館

当時を再現する体験シアターやジオラマも設置

麒麟がくる 岐阜 大河ドラマ館

岐阜市歴史博物館2Fの総合展示室に「大河ドラマ館」を設置しています。大河ドラマの主人公である明智光秀のみならず、光秀が仕えた斎藤道三、織田信長にもスポットを当て、体験シアター、大河ドラマに登場する衣装や小道具、迫力のあるスタジオ再現セット「体感 道三の館」、稲葉山城下町オープンセットのジオラマなど、大河ドラマに関する展示に加え、歴史博物館の所蔵品を活用した戦国時代の歴史展示などを行っています。

室町から戦国にかけて権勢を誇った土岐氏最後の拠点
山県市大桑地区は、土岐氏の政治拠点として栄え、大桑城が築かれ、城下町も整えられました。後に、斎藤道三との激戦の末に大桑城は落城し、美濃の国の乱世が始まりました。真正面に金華山、天候等によっては伊勢湾、伊吹山、眼下に広がる雲海が見られる新たな絶景スポットでもあります。美濃編の終盤では、長良川の戦いに臨む道三が戦いに備えて兵を募るため入城しました。
四国堀跡(山県市)
四国堀跡(山県市)
第十六回の紀行で紹介された四国堀跡は、大桑城下防衛の要とされていました。大桑城下の谷筋をふさぎ止めるように造られた長さ100mにわたる空堀と土塁の跡が残っています。
六万墓(山県市)
六万墓(山県市)
斎藤道三との戦いで戦死した人を弔う六万墓の石碑は、四国堀の近くに立っています。戦いの後に南泉寺住職の仁岫宗寿が焼香を行ったとされており、激しい合戦がこの地で行われたことを物語っています。
南泉寺(山県市)
南泉寺(山県市)
鷹画名手として有名な土岐頼芸。ドラマの第十一回では頼芸邸で鷹画が登場しました。土岐氏の菩提寺である南泉寺には、頼芸の作と伝わる鷹画のほか土岐頼純の肖像画などが所蔵されています。
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法雲寺(揖斐川町)

美濃国最後の守護・土岐頼芸終焉の地

法雲寺(揖斐川町)

ドラマ本編では斎藤道三の嫡男・高政をけしかけるなど、幾度となく道三と敵対していた土岐頼芸でしたが、一方で鷹をこよなく愛し多くの鷹画を残しました。力を増す道三の陰に隠れた実権のない守護で、やがて美濃を追放されます。各地を転々としたのち、晩年美濃に戻り息を引き取ったとされています。
第十三回の紀行で紹介された法雲寺は土岐頼芸の菩提寺とされ、門前には頼芸の墓があります。

一日市場八幡神社(瑞浪市)
一日市場八幡神社(瑞浪市)
第三回の紀行では、現在の瑞浪市にある一日市場八幡神社が紹介されました。美濃国守護の土岐一族の始祖・源光衡が本拠を構えた場所とされ、境内には土岐一族であったとされる明智光秀の像が建てられています。
妻木城跡(土岐市)
妻木城跡(土岐市)
第九回では、のちに光秀の妻となる熙子が登場しました。熙子はこの地を治める妻木氏一族の娘であったとされています。一族の居城・妻木城は時代とともに堅牢な城に整備されていき、山頂を中心に、曲輪、石垣、土塁など現在もその遺構が残っています。
妻木城士屋敷跡(土岐市)
妻木城士屋敷跡(土岐市)
第九回の紀行で紹介された妻木城士屋敷跡は、妻木城のある通称城山の北側の山麓に築かれ、妻木家断絶まで陣屋として存続しました。屋敷敷地を区切っていた石垣や石段、井戸などが現在も残されています。
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麒麟がくる ぎふ恵那 大河ドラマ館

光秀にまつわる伝承が数多く残る明智町にあるドラマ館

麒麟がくる ぎふ恵那 大河ドラマ館

大正ロマン館1階展示室に「大河ドラマ館」を開設し、大河ドラマに登場する衣装や小道具などを展示しています。また、大正ロマン館の同フロアには、「山城を巡る攻防の企画展(無料)」が設置され、明智光秀が生きた時代の東美濃戦国史を見て学び、楽しむことができます。

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