飛騨高山藩初代藩主・金森長近

長近とその子孫が治めた飛騨高山の地をめぐる
金森長近は、戦国時代から江戸時代初期にかけての武将・大名で飛騨高山藩初代藩主。また、茶道の名人でもありました。
高山市内の金森長近ゆかりの地を紹介します!
日本で唯一現存する代官所
陣屋とは、江戸時代に郡代・代官が治政を行った場所で、御役所や郡代(代官)役宅、御蔵などを総称して陣屋と呼びます。飛騨代官は安永六年(1777)に飛騨郡代に昇格し、当時3カ所あった郡代役所(関東・西国・美濃)と並んで幕府の重要な直轄領となりました。
幕末には全国に60数カ所あったと言われている郡代・代官所の中で、当時の建物が残っているのはこの高山陣屋だけです。陣屋前では、朝市も開かれ、多くの店が並び賑わいます。
紅葉・桜の名所としても有名
戦国時代、日ノ本屈指の山城と言われた高山城跡があるなだらかな丘陵地一帯にある城山公園は、自然に恵まれ静寂な雰囲気。森林浴の森百選にも選ばれています。また、公園内には桜もあり、市街地を一望しながらの花見は、飛騨・美濃さくら33選に選ばれ、訪れる人を楽しませてくれます。
長近の軍扇や肖像画を所蔵
1609年、初代高山城主であった金森長近(かなもりながちか)の菩提寺として、二代目 金森可重(かなもりありしげ)が建立したもの。長近の法号にちなんで素玄寺となりました。敷地内に飛騨郡代の大原彦四郎の墓や、金森家供養塔があります。
飛騨の匠の優れた建築が残る
もとは吉城郡上広瀬村(現高山市国府町)にありましたが、1586年に金森長近によって、現在の地に移され、浄土宗の寺となりました。鐘堂は1689年に建てられた飛騨地方最古のものです。
鐘楼門は高山城からの移築
もとは720年に創建された妙観寺(みょうかんじ)という寺院でしたが衰退し、1395年頃、曹洞宗雲龍寺として再建されました。本能寺の変で戦死した飛騨国主 金森長近(かなもりながちか)の長男 長則(ながのり)の菩提寺であり、1590年頃に長近が建物を修営したと伝わっています。
当時の生活用具や民芸品を展示
天領時代、日下部家は幕府の御用商人として栄えた商家で、役所の御用金を用立てする掛屋や両替屋を営みました。当時の邸宅焼失後の明治12年、大工・川尻治助が飛騨の匠の技を集め、江戸時代の建築様式そのままの見事な住宅を造り上げたのが現在の日下部家で、昭和41年に国の重要文化財に指定されて以降、民芸館として一般公開されています。
所要時間約4時間の散歩コース
①高山陣屋
①高山陣屋
【JR高山駅】から徒歩約10分
②城山公園
②城山公園
【高山陣屋】から徒歩約11分
③素玄寺
③素玄寺
【城山公園】から徒歩約12分
④大雄寺
④大雄寺
【素玄寺】から徒歩約3分
⑤雲龍寺
⑤雲龍寺
【大雄寺】から徒歩約1分
⑥日下部民藝館
⑥日下部民藝館
【雲龍寺】から徒歩約10分
【JR高山駅】まで徒歩約15分
日本遺産 飛騨匠の技・こころ - 木とともに、今に引き継ぐ1300年 -
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