• 戦国ジャーニー

ぎふ戦国ジャーニー

激動の戦国ドラマを旅しよう。
あらゆる思惑が渦まき、多くの野望が生まれては散っていった時代に、若き男が天下統一を志し、
そして天下分け目の決戦が行われた地「岐阜」。そんな岐阜を舞台に繰り広げられた数々のドラマをご覧ください。
  • 年表
岐阜を舞台に行われた戦国時代の名シーンをまとめました。
  • 家紋
年表中の出来事に関連する武将たちの家紋です。
  • 年表_1550年代
見どころ① 長良川の戦い
斎藤義龍が長良川南岸に動いたのに応じ、斎藤道三軍は鶴山を下りて長良川北岸に移動し、ここで両者は激突した。その結果、斎藤道三が息子の義龍に殺害される。織田信長が救援に駆けつけたが、間に合わなかった。
美濃守護の座にのし上がった土岐頼芸が一時拠点としていた城。斎藤道三が土岐頼芸を追放した後、稲葉山城を長男の義龍に譲り、自らの隠居所とした。山頂には城址碑があり、土塁や塀が残っている。
  • 年表_1560年代
見どころ② 稲葉山城の戦い
織田信長は稲葉山城の四方に鹿垣(ししがき)を築いて稲葉山城を完全に包囲。斎藤龍興を孤立させることに成功した。その結果、
信長が龍興に勝利。井ノ口を岐阜に改名。岐阜を拠点に天下布武を押し進める。
共に秀吉の軍師として活躍した竹中半兵衛と黒田官兵衛には固い絆があった。その証拠に、あるとき信長から官兵衛の子の松寿丸の処刑を命じられた半兵衛は、命令に背いて密かに松寿丸を匿ったという逸話が残っている。
  • 年表_1570年代
見どころ③ 関ケ原の戦い
徳川家康率いる東軍と、石田三成率いる西軍が激突。日本を二分し、戦国時代の終わりを告げた天下分け目の合戦である。
関ケ原の戦いで東軍福島正則軍の先鋒として活躍した可児才蔵は、明智光秀に重用されたと言われ、本能寺の変にも従軍したとされています。一説では、光秀と同郷の出身だったと言われている。
小牧・長久手の戦いにて、徳川家康軍と対峙した美濃金山城城主の森長可は、一進一退の攻防を続けたが、鉄砲隊に狙撃され討ち死にした。これにより豊臣軍は壊滅状態に陥り、局地戦では徳川軍が勝利した。
1586年、三木氏に代わって飛騨の国主となあった金森長近は、高山城の建設および城下町の整備を始めた。観光名所「古い町並み」は、かつての商人町。酒ばやしや出格子が連なる懐かしい景色が残っている。