2018年01月09日
スポット 飛騨エリア

ブロガーの紹介

高山市 服田宙

高山市Gメンの服田です。今回は手長足長についてご紹介します!!

手長足長がお出迎え

手長足長がお出迎え

高山駅から古い町並に向かう際に通る駅前中央通りと鍛冶橋にある手長足長
駅前中央通りの手長足長は「高」と「山」の文字を掲げ皆さんをお出迎え

  • 鍛冶橋の手長

    鍛冶橋の手長

  • 鍛冶橋の足長

    鍛冶橋の足長

  • 駅前中央通りの手長足長

    駅前中央通りの手長足長

高山市には手長足長の像が二組あることは皆さんご存知でしょうか。

有名なのは鍛冶橋の上にある手長足長の銅像、これは目立つのですぐに分かります。

もう一組は、高山駅を降りて古い町並方向にある駅前中央通りにあります。
この手長足長は、意外に地元の人も知りません。というか気づいていません。。。。
知る人ぞ知るこの手長足長は「」と「」の文字を掲げ皆さんをお出迎えしています!

そして、この手長足長にはちょっとした秘密があります!

その秘密とは、、、、
この手長足長は銅像ではなく、なんと飛騨の伝統工芸一位一刀彫なんです!!!

平成15年に「一位一刀彫を多くの方に知ってもらう」という
プロジェクトの一環で作成されたものの一部であり、
すでに10年以上も皆さんをお出迎えするために外で頑張っていたので、
一見、木でできているようには見えませんが、
今も懸命に手足を伸ばして皆さんをお出迎えしています。

そもそも高山市と手長足長の関係は?と思う方のために簡単に説明させていただきます。

高山市を代表する高山祭、この高山祭の春の屋のひとつに「恵比須台」という屋台があります。

この屋台に飾り付けられている、谷口与鹿(たにぐちよろく)作の彫刻を模したもの鍛冶橋の手長足長なんです。

恵比須台の設計絵図には浪間を流れる椀と箸の彫刻下図が描かれており、
台名にちなんで、出雲神話を題材とした彫刻で飾る予定であったことが推測されます。

屋台建造の過程で変更されたものの、
素戔嗚尊(すさのおのみこと・須佐之男命)と奇稲田媛命(くしなだひめのみこと・櫛名田比売命)の出会いから、
その両親である足名椎命(あしなづちのみこと)と手名椎命(てなづちのみこと)を手長足長になぞらえて彫ったものと伝えられています。

高山市にお越しの際は、ぜひ二組手長足長をご覧ください。



以下は手長足長の説明です。ご興味がある方は読んでみてください。より、理解が深まります!

手長足長は出雲神話で簸川(ひのきかわ)の川上に住んだ足名椎(あしなづち)とその妻手名椎(てなづち)をモデルにしているとされています。
出雲神話では足名椎と手名椎は次のように書かれています。
 
最初の夫婦神として八百萬の神々を生み出した伊弉諾尊(いざなぎのみこと)と伊弉冉尊(いざなみのみこと)の最初の子、蛭子神(ひるこのかみ)。蛭子とは骨のない子のことであり、イザナギ、イザナミは蛭子を嫌って、葦の葉で舟を造ると、これに載せて海へ流してしまう。葦舟の蛭子神は波間を漂いながら、やがて摂津国西宮の浜に流れ着く。ここで、西宮の住人・夷(えびす)三郎に救われ大切に育てられる。この蛭子神が、後に夷(戎・えびす)様として西宮神社の祭神にまつられ人々の信仰を集め、商売繁盛・海上交通の神として神徳を集めるのである。
イザナギ・イザナミの子どものひとりに大山津見神(おおやまつみのかみ)がある。各地の山々の神の総本家ともいうべき神で、大山祇神と書く場合もある。この大山津見神には足名椎命(足摩槌命)・手名椎命(手摩槌命)・木花開耶媛命(このはなさくやひめのみこと・後に天孫降臨(てんそんこうりん)神話の主役である瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)の妻となる娘)などの子どもが生まれる。
足名椎命(夫)と手名椎命(妻)との間には八人の娘が生まれるが、次々と、簸(ひ)の川の奥に住む高志の八岐大蛇(やまたのおろち)に奪われて、奇稲田媛命ひとりになる。その媛もついに大蛇に捧げねばならなくなり、親子三人は途方に暮れていた。
その頃、あまりに無謀な振る舞いが多いので、兄の天照大神(あまてらすおおかみ)や月読命(つきよみのみこと)、八百萬の神々の合議により、高天原(たかまがはら)を追放された素戔嗚尊は、出雲国の簸ノ川(ひのかわ)に沿って歩いていたが、川上から流れてきた椀と箸を見て「この奥に人里がある」と、上流に踏み入り、そこで嘆き悲しむ親子から事情を聞く。大蛇に好物の酒を飲ませるという策を用いた素戔嗚尊は、見事に八岐大蛇を退治すると、救った奇稲田媛命を妻に迎え、簸ノ川のほとり、出雲国須賀(すが)の里に宮殿を造営して定住したというのである。
 

◎問い合わせ先

 商工観光部 観光課 0577-35-3145