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49件ありました
苗木城跡

苗木城跡

東濃エリア
巨岩を抱え込んだ石垣と展望台からの大パノラマ 
国指定史跡の山城、苗木城跡。 その特徴的な石垣はマニアをも唸らせる。 全国でも珍しいと言われる苗木城の石垣には、なんと自然の巨岩がそのまま活用されています。 年代によって積み方の異なる石垣も見どころの1つです。 そして、なんといっても天守跡に設けられた展望台からの景色が抜群! 日本百名山の恵那山、木曽川、市街地を360度見渡すことができる絶景が広がっています♪ 歴史の好きな方、…
妻木城跡

妻木城跡

東濃エリア
明智光秀にゆかりのある城 
 妻木城は、14世紀に土岐頼貞の孫土岐明智彦九郎頼重が築いたとされています。その後、一族である妻木氏が領主となり、慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いに西軍である岩村城主の田丸勢を破った功績で7,500石を所領しました。  城は山頂を中心に約200メートル四方の範囲に、曲輪、石垣、土塁などの遺構が残されています。北側の山麓には御殿と呼ばれる領主の館と家臣の武家屋敷が築かれ、万治元年(1658…
岐阜城

岐阜城

岐阜エリア
斎藤道三・織田信長の居城 
金華山(きんかざん)山頂に位置し、岩山の上にそびえる岐阜城は、難攻不落の城としても知られ『美濃を制すものは天下を制す』と言われるほどでした。   戦国時代には小説「国盗り物語」の主人公である斎藤道三の居城でもありました。その後、織田信長がこの城を攻略、城主となり、地名を「岐阜」に、「稲葉山城」を「岐阜城」に改めたといわれています。 現在の城は、昭和31年に復興され、鉄…
うだつの上がる町並み

うだつの上がる町並み

中濃エリア
江戸時代の情緒を想う 
国の伝統的建造物群保存地区に選定されたうだつの町並み。「うだつ」とは、屋根の両端を一段高くして火災の類焼を防ぐために造られた防火壁のことで、裕福な家しか「うだつ」を造ることができなかったため、庶民の願望から「うだつを上げる・うだつが上がらない」の言葉もできました。 美濃市は、江戸時代の商人の町で、この「うだつ」が多く残っています。 町並みには、江戸~明治時代にかけて造られた商家が軒を連ね、古いたた…
飛騨高山 古い町並(さんまち通り)

飛騨高山 古い町並(さんまち通り)

飛騨エリア
飛騨高山の定番スポット! 
城下町の中心、商人町として発展した高山の上町、下町の三筋を古い町並と呼んでいます。また、特に、上三之町・上二之町・上一之町のあたりを「さんまち通り」と呼ぶことがあり、高山の定番スポットになっています。   出格子の連なる軒下には用水が流れ、造り酒屋には杉の葉を玉にした「酒ばやし」が下がり、町家の大戸や、老舗の暖簾が軒をつらねています。 町には駄菓子屋さんや伝統工芸のお店、名物の「みたらし…
明智城跡・天龍寺

明智城跡・天龍寺

中濃エリア
戦国時代の歴史に触れる 
  岐阜県可児市は、戦国時代、天下統一を目指した織田信長を本能寺の変で倒し、時代の流れを変えた武将である明智光秀の生誕の地。 光秀が落城するまでの約30年間を過ごしたとされる明智城は、自然の地形を生かした典型的な中世の山城で、現在は、遊歩道が整備され、ハイキングコースとして最適です。   近くの天龍寺には、明智氏歴代の墓所があり、本堂には日本一大きい光秀公の位…
郡上八幡城

郡上八幡城

中濃エリア
日本最古の木造再建城 
戦国時代末期永禄2年(1559)、遠藤盛数によって砦が築かれたのが郡上八幡城のはじまり。   明治4年廃藩置県とともに廃城となった城は翌年から石垣を残して取り壊されましたが、昭和8年に天守閣が木造で再建されました。(木造再建城としては日本最)現在の城郭一帯の石垣すべてが県の史跡に指定され、天守閣は市の有形文化財に指定されています。   天守閣からは、城下町や…
岩村城跡

岩村城跡

東濃エリア
織田信長の叔母が統治した岩村 
岩村城は、大和の高取城(奈良県)備中の松山城(岡山県)と並ぶ日本三大山城の一つに数えられる名城。 城は江戸諸藩の府城の中でも最も高い所(標高717m)に築かれ、高低差180mの天嶮の地形を巧みに利用した要害堅固な山城で、 霧の湧き易い気象までも城造りに活かされており、別名「霧ケ城」ともよばれています。 織田信長の叔母が城主として統治した岩村城は、現在も城址には石垣が残り、日本百名城にも…
明智光秀の墓(桔梗塚)

明智光秀の墓(桔梗塚)

岐阜エリア
光秀の謎がこの地に眠る 
明智光秀は、土岐四郎基頼と地元の豪族の娘との間に中洞で生まれ、その後、明智城主明智光綱の養子となりました。また、山崎の合戦で討ち死にしたのは影武者であり、中洞に落ち延びて住んでいたという伝承があります。桔梗塚には、「光秀の墓」と「五輪塔」があります。
関ケ原古戦場

関ケ原古戦場

西濃エリア
日本史上最大級の激戦が繰り広げられた地 
現在は田園の広がる中程にある「決戦地」。かつて関ケ原合戦の中でも特に激しく戦いが行われたこの場所には、石碑や、徳川家・石田家の家紋入りの旗が建てられ、休憩所もあります。 また、決戦地北西に位置する小さな山が、西軍の指揮を執った石田三成が陣を布いた笹尾山です。麓には合戦時に敵からの攻撃を防ぐために設置された馬防柵が復元され、山頂には「石田三成陣跡」の石碑が置かれています。 他にも「徳川家康…
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