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  • 明智光秀ゆかりの地
26件ありました
明智城跡・天龍寺

明智城跡・天龍寺

中濃エリア
戦国時代の歴史に触れる 
  岐阜県可児市は、戦国時代、天下統一を目指した織田信長を本能寺の変で倒し、時代の流れを変えた武将である明智光秀の生誕の地。 光秀が落城するまでの約30年間を過ごしたとされる明智城は、自然の地形を生かした典型的な中世の山城で、現在は、遊歩道が整備され、ハイキングコースとして最適です。   近くの天龍寺には、明智氏歴代の墓所があり、本堂には日本一大きい光秀公の位牌(184cm)が…
岐阜城

岐阜城

岐阜エリア
斎藤道三・織田信長の居城 
金華山(きんかざん)山頂に位置し、岩山の上にそびえる岐阜城は、難攻不落の城としても知られ『美濃を制すものは天下を制す』と言われるほどでした。   戦国時代には小説「国盗り物語」の主人公である斎藤道三の居城でもありました。その後、織田信長がこの城を攻略、城主となり、地名を「岐阜」に、「稲葉山城」を「岐阜城」に改めたといわれています。 現在の城は、昭和31年に復興され、鉄…
明智光秀の墓(桔梗塚)

明智光秀の墓(桔梗塚)

岐阜エリア
光秀の謎がこの地に眠る 
明智光秀は、土岐四郎基頼と地元の豪族の娘との間に中洞で生まれ、その後、明智城主明智光綱の養子となりました。また、山崎の合戦で討ち死にしたのは影武者であり、中洞に落ち延びて住んでいたという伝承があります。桔梗塚には、「光秀の墓」と「五輪塔」があります。
大桑城跡 (古城山)

大桑城跡 (古城山)

岐阜エリア
土岐氏最後の戦いの地 
美濃国守護の土岐氏最後の拠点です。大桑に移った土岐氏は、越前朝倉氏の居城一乗谷にならい、大桑城の城構えや城下町を整えました。その後斎藤道三との激戦の末落城。大桑地区には現在でも城郭の遺構のほか麓にも土岐氏とかかわりの深い神社などがあります。
「明智光秀ゆかりの地 山県市」お面を持って現地へGO!

「明智光秀ゆかりの地 山県市」お面を持って現地へGO!

岐阜エリア
「我こそが I am MITSUHIDE」 
「明智光秀ゆかりの地 山県市」  山県市の歴史観光スポットや、各観光スポットを訪れていただく際のお楽しみの一つとしてお面を作成しました。 「お楽しみ」というだけに、そのお面には特典企画がついています!!! 山県市にある「明智光秀ゆかりの地」や「土岐氏ゆかりの地」のほか、市内の各観光スポットを訪れていただき、その場でお面と一緒に写真を撮ってもらいます。 下記の条件をクリアしてInstagra…
落合砦(千畳敷公園)

落合砦(千畳敷公園)

東濃エリア
明智光秀生誕地 落合砦 
明知城が宝治元年(1247年)に築城されたころ、この千畳敷台地に落合砦を築いたと伝えられています。 伝承によれば、明智光秀公はこの砦で生まれ、産湯として使ったとされる井戸が残されています。
願興寺

願興寺

中濃エリア
願興寺 
昭和20年代に建築された駅舎が味わい深い名鉄御嵩駅。この駅を中心に東へと広がる「御嶽宿」は、もともと平安時代に開創された願興寺の門前町として発展してきました。 願興寺は、「蟹薬師」とも呼ばれ、平安時代いう伝統ある名刹。本尊の薬師如来坐像を含め、24体の国の重要文化財を保有しています。 なかでも秘仏とされている本尊は子年の4月1日に御開帳されます。約400年前に再建された本堂も国の重要文化財…
史跡 西高木家陣屋跡

史跡 西高木家陣屋跡

西濃エリア
 
近世陣屋として良好に残る石垣・墓所・地下機構・建造物などの現地遺構に加え、絵図類を含む膨大な量の古文書群が残り、 近世幕藩領主の姿を豊富な資料によって現在に伝える全国的にも貴重な遺跡です。
於牧の方の墓所

於牧の方の墓所

東濃エリア
明智光秀公のご母堂 
悲運の最期をとげた、於牧の方を偲び、里人の民が建立したとされています。 将軍徳川吉宗によって制定された「公事方御定書」の翌年、1743年に建立された石塔には、当時の世評をはばかって「南無阿弥陀如来」とだけ刻まれ、樹齢400年を超える老樹「高野槙」を於牧の方にちなんで神木として今もなお崇拝しています。毎年11月末には供養祭が執り行われている。
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