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  • 明智光秀ゆかりの地
42件ありました
岐阜城

岐阜城

岐阜エリア
斎藤道三・織田信長の居城 
金華山(きんかざん)山頂に位置し、岩山の上にそびえる岐阜城は、難攻不落の城としても知られ『美濃を制すものは天下を制す』と言われるほどでした。   戦国時代には小説「国盗り物語」の主人公である斎藤道三の居城でもありました。その後、織田信長がこの城を攻略、城主となり、地名を「岐阜」に、「稲葉山城」を「岐阜城」に改めたといわれています。 現在の城は、昭和31年に復興され、鉄…
麒麟がくる 岐阜 大河ドラマ館

麒麟がくる 岐阜 大河ドラマ館

岐阜エリア
光秀公が仕えた斎藤道三公・織田信長公が息づくまち 
 令和2年1月から大河ドラマ「麒麟がくる」が放送されることに合わせ、岐阜市歴史博物館2Fの総合展示室に「麒麟がくる 岐阜 大河ドラマ館」を開設します。  大河ドラマ館では、大河ドラマの主人公である明智光秀のみならず、光秀が仕えた斎藤道三、織田信長にもスポットを当て、体験シアター、大河ドラマに登場する衣装や小道具、迫力のあるスタジオ再現セット「体感 道三の館」、稲葉山城下町オープンセットのジオラマな…
大桑城跡 (古城山)

大桑城跡 (古城山)

岐阜エリア
土岐氏最後の居館 
 金華山より北上すること約25分。山県市大桑地区は、天文4(1535)年、美濃国守護土岐氏が守護所をそれまでの枝広(岐阜市長良)からこの地に移した地です。標高407.5mの頂上には大桑城が築かれ、城下町も整えられ土岐氏の政治拠点として栄えました。遺構の様子から越前朝倉氏の居城一乗谷にならったとされ、出土物からも越前との関係が伺うことができます。  その後、斎藤道三との激戦の末に大桑城は落城し、美濃…
明智城跡

明智城跡

中濃エリア
明智光秀が30年過ごしたと伝わる城 
岐阜県可児市は、戦国時代、天下統一を目指した織田信長を本能寺の変で倒し、時代の流れを変えた武将である明智光秀の生誕の地。 光秀が落城するまでの約30年間を過ごしたとされる明智城は、自然の地形を生かした典型的な中世の山城で、現在は、遊歩道が整備され、ハイキングコースとして最適です。 明智荘(明智城跡や天龍寺周辺)への自家用車での進入は道路が狭く進入禁止としています。 花フェスタ記念公…
麒麟がくる ぎふ可児 大河ドラマ館

麒麟がくる ぎふ可児 大河ドラマ館

中濃エリア
花フェスタ記念公園内にオープン! 
2020年1月から大河ドラマ「麒麟がくる」が放送されることに合わせて、花フェスタ記念公園内にある花のミュージアムに、大河ドラマ館を開館します。光秀に関するさまざまな展示、イベント、グルメやお土産を用意して皆さまをお待ちしております。 ◆麒麟がくる ぎふ可児 大河ドラマ館の閉館について 可児市において新型コロナウイルスの感染が拡大していることから、4月12日(日)まで閉館することといたします。 …
明智光秀の墓(桔梗塚)

明智光秀の墓(桔梗塚)

岐阜エリア
光秀の謎がこの地に眠る 
明智光秀は、土岐四郎基頼と地元の豪族の娘との間に中洞で生まれ、その後、明智城主明智光綱の養子となりました。また、山崎の合戦で討ち死にしたのは影武者であり、中洞に落ち延びて住んでいたという伝承があります。桔梗塚には、「光秀の墓」と「五輪塔」があります。
妻木城跡

妻木城跡

東濃エリア
明智光秀にゆかりのある城 
 妻木城は、14世紀に土岐頼貞の孫土岐明智彦九郎頼重が築いたとされています。その後、一族である妻木氏が領主となり、慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いに西軍である岩村城主の田丸勢を破った功績で7,500石を所領しました。  城は山頂を中心に約200メートル四方の範囲に、曲輪、石垣、土塁などの遺構が残されています。北側の山麓には御殿と呼ばれる領主の館と家臣の武家屋敷が築かれ、万治元年(1658…
麒麟がくる ぎふ恵那 大河ドラマ館

麒麟がくる ぎふ恵那 大河ドラマ館

東濃エリア
明智光秀生誕地 恵那市明智町 
2020年1月から大河ドラマ「麒麟がくる」が放送されることに合わせ、大正ロマン館1F展示室に「麒麟がくる ぎふ恵那 大河ドラマ館」を開設します。  大河ドラマ館では、大河ドラマに登場する衣装や小道具など、大河ドラマに関する展示などを行います。
落合砦(千畳敷公園)

落合砦(千畳敷公園)

東濃エリア
明智光秀生誕地 落合砦 
明知城が宝治元年(1247年)に築城されたころ、この千畳敷台地に落合砦を築いたと伝えられています。 伝承によれば、明智光秀公はこの砦で生まれ、産湯として使ったとされる井戸が残されています。
高山城跡

高山城跡

東濃エリア
明智光秀にゆかりのある城 
 明智光秀の源流、土岐源氏の館を防衛するため、館を見下ろせる高台に砦を築いたのが、土岐高山城の始まりと考えられている。戦国時代には、武田氏の侵攻により、戦いの舞台にもなった。高山城跡には現在、物見櫓が建てられ、土岐市街地を一望することができる。
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