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  • 明智光秀ゆかりの地
28件ありました
岐阜城

岐阜城

岐阜エリア
斎藤道三・織田信長の居城 
金華山(きんかざん)山頂に位置し、岩山の上にそびえる岐阜城は、難攻不落の城としても知られ『美濃を制すものは天下を制す』と言われるほどでした。   戦国時代には小説「国盗り物語」の主人公である斎藤道三の居城でもありました。その後、織田信長がこの城を攻略、城主となり、地名を「岐阜」に、「稲葉山城」を「岐阜城」に改めたといわれています。 現在の城は、昭和31年に復興され、鉄…
明智城跡・天龍寺

明智城跡・天龍寺

中濃エリア
戦国時代の歴史に触れる 
  岐阜県可児市は、戦国時代、天下統一を目指した織田信長を本能寺の変で倒し、時代の流れを変えた武将である明智光秀の生誕の地。 光秀が落城するまでの約30年間を過ごしたとされる明智城は、自然の地形を生かした典型的な中世の山城で、現在は、遊歩道が整備され、ハイキングコースとして最適です。   近くの天龍寺には、明智氏歴代の墓所があり、本堂には日本一大きい光秀公の位牌(184cm)が…
明智光秀の墓(桔梗塚)

明智光秀の墓(桔梗塚)

岐阜エリア
光秀の謎がこの地に眠る 
明智光秀は、土岐四郎基頼と地元の豪族の娘との間に中洞で生まれ、その後、明智城主明智光綱の養子となりました。また、山崎の合戦で討ち死にしたのは影武者であり、中洞に落ち延びて住んでいたという伝承があります。桔梗塚には、「光秀の墓」と「五輪塔」があります。
妻木城跡

妻木城跡

東濃エリア
明智光秀にゆかりのある城 
 妻木城は、14世紀に土岐頼貞の孫土岐明智彦九郎頼重が築いたとされています。その後、一族である妻木氏が領主となり、慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いに西軍である岩村城主の田丸勢を破った功績で7,500石を所領しました。  城は山頂を中心に約200メートル四方の範囲に、曲輪、石垣、土塁などの遺構が残されています。北側の山麓には御殿と呼ばれる領主の館と家臣の武家屋敷が築かれ、万治元年(1658…
麒麟がくる ぎふ恵那 大河ドラマ館

麒麟がくる ぎふ恵那 大河ドラマ館

東濃エリア
明智光秀生誕地 恵那市明智町 
2020年1月から大河ドラマ「麒麟がくる」が放送されることに合わせ、大正ロマン館1F展示室に「麒麟がくる ぎふ恵那 大河ドラマ館」を開設します。  大河ドラマ館では、大河ドラマに登場する衣装や小道具など、大河ドラマに関する展示などを行います。
落合砦(千畳敷公園)

落合砦(千畳敷公園)

東濃エリア
明智光秀生誕地 落合砦 
明知城が宝治元年(1247年)に築城されたころ、この千畳敷台地に落合砦を築いたと伝えられています。 伝承によれば、明智光秀公はこの砦で生まれ、産湯として使ったとされる井戸が残されています。
常在寺

常在寺

岐阜エリア
斎藤家の菩提寺 
斎藤道三公とその父・長井新左衛門尉公が二代にわたり美濃国を制する拠点とした寺です。長井新左衛門尉公は、京都から美濃へやって来た商人出身と言われています。 寺の正式名は、鷲林山常在寺(じゅりんざん じょうざいじ)。日蓮宗、京都妙覚寺の末寺です。 室町時代の宝徳2年(1450年)土岐家守護代として権力を持ち、当時事実上美濃を支配していた斎藤妙椿(みょうちん)が建立しました。 ●絹本著色斎藤道三像・・…
史跡 西高木家陣屋跡

史跡 西高木家陣屋跡

西濃エリア
 
近世陣屋として良好に残る石垣・墓所・地下機構・建造物などの現地遺構に加え、絵図類を含む膨大な量の古文書群が残り、 近世幕藩領主の姿を豊富な資料によって現在に伝える全国的にも貴重な遺跡です。
明智光秀公学問所と天神神社

明智光秀公学問所と天神神社

東濃エリア
明智光秀ゆかりの地 学問所と天神神社 
万ヶ洞にある天神神社は、明智光秀公が若かりし頃、京都嵯峨天竜寺の雲水・勝恵という学僧を招き、ここで学問に精進したと言われています。 祭神は菅原道真公であり、京都北野の天満宮からの分祀と伝えられています。