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城址の残る歴史ある山

遠見山は登山のスポットしても人気ですが、遠見山周辺に多く残る史跡もお楽しみいただけます。

遠見山にはかつて下麻生城(しもあそうじょう)という山城があったとさせています。
断がい上にあった下麻生城は遠望は白川・八百津・兼山方面におよび、飛騨街道の要衝を占めていました。
別名「遠見山」と呼ばれていたこの城は、三つの山からなり、本丸・二の丸・旗振場などが構築されていたと推測されます。
城主は、稲葉一族の彦六(良通一鉄)ともいわれ、戦国時代に築城してこの地方を支配していました。
しかし金山(兼山)城主森長可によって攻められ落城した。その後、井戸七郎兵衛が城を守って、白川方面の中継地としていたが、再び戦乱が起こり、城主は落ち延びて廃城となりました。
井戸七郎兵衛は稲葉氏の家臣ともいわれ、撤退の際、森長可によって船中で謀殺されたとの伝承もあります。
現在は山頂付近に下麻生城址として残っていますが、ほとんど形として残ってはいません。
しかし城址の池は残っており、池の水はいくら長い晴天が続いても水が絶えないという不思議な池があります。
山頂の「見晴らし岩」からは飛騨川と町が一望でき、美しい自然と雄大な飛騨川に癒されます。

また遠見山のすぐそばには下麻生綱場の史跡があります。
かつて栄えた飛騨川流材のはじまりは、享禄元年(1528)という記録が最も古いです。
飛騨山中で伐採された木材は、谷川から大川へと1本1本下麻生綱場迄流送されてきた。この綱場は川幅も広く平流であったことから、
流材を止めるのに最適の場所でした。
木材は綱場で筏に組まれ、白鳥湊(名古屋市)まで川を下ったが、数量は年間25万本にもなったとされています。
ただ稼働時期としては、川の増水時を避けた毎年9月から、翌年3月までであったようです。
この綱場は明治以降、道路の改修、運送業の発達により、しだいに衰え、昭和になって高山線の開通、発電所のダム建設により、姿を消していきました。
川沿いの街並みと綱場跡を眺めると流材の光景がよみがえってきそうになります。

遠見山登山道付近には飲食店が多くあるため、山登りをした後近くのお店で美味しいお昼ご飯を食べて休憩し、そのまま飛騨川橋を渡り御嶽山(権現山)の星神社に行かれる方もいらっしゃいます。

◇御嶽山(権現山)
https://www.kankou-gifu.jp/spot/6962/

ぜひ一度川辺の自然と歴史を感じれる遠見山にお越しください。
基本情報
住所 〒509-0301 岐阜県川辺町下麻生2072
電話番号 0574-53-7213 (川辺町企画課)
アクセス ◇自動車でのアクセス
美濃加茂IC → 国道41号美濃加茂バイパス → 北部公民館(美濃加茂バイパスより約10分)→ 遠見山(北部公民館より約5分)

◇電車でのアクセス
JR名古屋駅 → JR岐阜駅 → JR下麻生駅 → 遠見山(下麻生駅より徒歩10分)
JR名古屋駅 → JR多治見駅 → JR下麻生駅 → 遠見山(下麻生駅より徒歩10分)
名鉄名古屋駅 → 名鉄新鵜沼駅 → JR鵜沼駅 → JR下麻生駅 → 遠見山(下麻生駅より徒歩10分)
駐車場
普通乗用車: 10台
備考 北部公民館(川辺町下麻生140-1)に駐車場にご利用いただけます。
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