発想豊か 陶都を映す美濃焼の真価

日本一の生産量を誇る「美濃焼」。伝統工芸品というイメージとは裏腹に、暮らしに溶け込む多種多様な色彩やデザインを持ち、私たちの日々の食事に彩りを与えてくれています。
そんな美濃焼の窯元として一目置かれる存在なのが、多治見市市之倉にある「幸兵衛窯」。歴史と品格を合わせ持つ幸兵衛窯の8代目加藤亮太郎さんは、自身が生まれ育った大地に生まれた伝統に真摯に向き合い、制作に取り組んでいます。

<この記事は、(株)岐阜新聞社と岐阜県観光連盟との共同企画で制作しました。>

訪ねた人:加藤亮太郎さん
1804年に創業した幸兵衛窯の8代目。現在は多くの陶芸家がガスや電気の窯を用いる中、薪で燃やす穴窯を自ら築いて志野や瀬戸黒といった伝統的な美濃焼「桃山陶(ももやまとう)」の制作に精力的に取り組んでいる。
発想豊か 陶都を映す美濃焼の真価

陶磁器生産、日本一

毎日の食卓に欠かせない食器。岐阜県の東南部に位置する多治見市、土岐市、瑞浪市の辺りは、1300年以上の歴史を持つ陶磁器「美濃焼」の産地です。

窯元や陶磁器工場、卸業者など、今もあちらこちらで美濃焼関連のお店や、陶磁器でできたオブジェなどが見られ、“美濃焼の町”であることが随所に感じられます。

現在も食器類の生産量は日本一。全国シェア約60%を誇ります。姿かたちを一つに定めない美濃焼は、私たちが普段使っている食器の中にも、たくさん紛れています。

江戸に始まり 人間国宝を輩出した窯元「幸兵衛窯」

多治見市市之倉にある窯元「幸兵衛窯」。1804年に初代加藤幸兵衛により開窯されると、江戸城本丸へ染付食器を納める御用窯に。6代目の加藤卓男氏は古代ペルシャの一度は滅んだ名陶「ラスター彩」の復元に成功し、正倉院「三彩」の再生にも貢献して人間国宝に認定されました。

歴代当主は陶芸作家として自らの色を極めながらも、職人たちを育てながら、品格ある美濃焼を世に出し続けています。美濃焼の窯元の代表格ともいえる、一目置かれる存在です。

幸兵衛窯に生まれた加藤亮太郎さん。美濃焼の芯である「桃山陶」に真正面から向き合っています。

足元にある土を吟味し生まれた美濃焼

「美濃焼が生まれたのは、僕らの足元に美濃の土があったから。例えば京都の『京焼』は土が取れる場所ではないため、完成形をイメージしてから逆算的に作られます。しかしここは焼物に適したさまざまな土が豊富に取れた。だからまず土の吟味から始めます。この土をどう形にして、どんな色をのせて焼くか。土から積み上げていく考え方なんです」。

大学進学のため京都へ出た亮太郎さん。他地域の焼き物に触れたことが、美濃焼のルーツに改めて向き合う機会になったといいます。

桃山陶は日本の焼き物の最高峰

美濃焼は安土桃山時代に、茶の湯文化の高まりに重なるように盛んになりました。千利休ら著名な茶人たちによって評価されたことで、全国的な地位を築きます。この時代に美濃地域で生まれた「志野」「瀬戸黒」「黄瀬戸」「織部」は「桃山陶」と呼ばれます。国宝の志野茶わん「卯花墻(うのはながき)」をはじめとした日本独自の焼き物文化が育まれてきました。

現在の美濃焼は形に捉われないところが特徴とされますが、芯になる部分はやはり桃山陶に行きつくと亮太郎さんは言います。

「桃山陶は、日本的な焼き物の始まりにして最高峰。それがここで生まれているということを、もっと誇りに思っていい。世界に胸を張って自慢できることだと思います」。

五昼夜続く穴窯の炎 作品に魂を吹き込む

原料である土は、入荷することもあれば、自ら山に入って探すこともあるという亮太郎さん。まずはじっくりと土を練っていきます。ろくろをひいて形を作ると、目の高さまで持ち上げ、全体から細かい部分までじっと見つめて確かめます。

焼成は、1200度を超える温度の穴窯。幸兵衛窯には、桃山時代の様式で6代目卓男さんが築いた穴窯と、亮太郎さん自ら築いた穴窯があります。これらを使うのは年に数回。ときになんと五昼夜焚き続けるそうです。

これだけ時間をかけても、焼成中に割れてしまうものも。想いと時間、労力を惜しまずかけた結果、魂と気概に満ちた見事な作品ができあがります。

産地で見つけた“ちょっといい器”で彩る食卓

歴史ある美濃焼ですが、“特徴のないことが特徴”といわれるほど、そのデザインや形、質感は多種多様。作り手の自由な発想が光り、時代に溶け込むものもたくさん。

「器は、僕らの命を育む食べ物をのせるもの。気に入った器を使うだけで、1日3度の食卓を彩り、日常の中に豊かさを与えることができると思います。世の中の人が、そういう意識を傾けてくれたら」。

美濃焼の産地に行けば、豊富な商品がそろうギャラリーがたくさんあります。多治見市なら本町オリベストリートの「陶都創造館」、土岐市なら道の駅「志野・織部」とその周辺に広がる「織部ヒルズ」や道の駅「どんぶり会館」、瑞浪市なら「ちゃわんや瑞浪」など。

そのほか、窯元めぐりイベントや蔵出し市などでは、作家の話や工房の見学を通して窯ごとの特徴を感じながら、お値打ちに買うことができます。

「多くの人に、もっと器の魅力を感じてもらいたい。僕ら職人は、美しい物を生み出すという仕事に喜びを持って作っていく」。

町の随所で美濃焼を体感

ろくろや絵付けなどの作陶体験ができる施設や、美濃焼について深く知れる美術館などは数カ所あるので、他の目的地に合わせて選ぶのがおすすめ。数多くの織部焼が焼かれた国指定史跡の「元屋敷窯」が残る織部の里公園も見所です。近隣には美濃焼を使った食事処やカフェも多くあるので、旅の途中の優雅な一服に立ち寄りたいところ。

「美濃焼にも後継者不足や付帯産業の廃業など問題はある。だけど、ニーズは少なくないと思う。誇りを持って作っていけば、生き残る。そう信じて僕たち職人は、本物を作り続けます」。

土から生まれた美濃焼の文化。この地に生まれ、土と向き合ってきた職人たちが紡ぐ美濃焼の“本物”が、ここにあります。

旅のメモ

VISIT岐阜県「学んで作る美濃焼の旅」

盃に特化し生産をおこなってきた市之倉の歴史を「市之倉さかづき美術館」で、人間国宝 加藤卓男の足跡や作品の展示の他、薪で焚く窯や古い煙突などを名窯「幸兵衛窯」で見学。最後は「幸兵衛窯作陶館」で、ひもづくりの作陶体験を楽しむ美濃焼の体験プラン。

VISIT岐阜県「学んで作る美濃焼の旅」