岐阜の
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- 古い町並み
- 三嶋和ろうそく店

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- 飛騨
- 三嶋和ろうそく店は240年以上続く全国でも数少ない『手作り和ろうそく』の老舗。三嶋和ろうそく店の和ろうそくは、原料すべてが天然の植物性。そのためススがでにくく風が吹いても消えにくい。切り口が年輪状なので炎が横に流れることもなく長持ちするという特徴があ…
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- 東山遊歩道

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- 飛騨
- 古い町並から歩いて約10分、少し離れた高台にお寺が集まる「東山寺町」は隠れた散策スポット。戦国時代に飛騨を平定した金森氏は、城下町を整備する中で、城の東に連なる山裾を京都の東山になぞらえて数々の寺院を建立・移築しました。これらの寺院や神社、各寺院のに…
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- 中山道 細久手宿

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- 東濃
- 細久手(ほそくて)宿は江戸から48番目の宿で、大湫(おおくて)宿と同じく歌川広重の「木曽街道六十九次」に描かれています。東隣の大湫宿と西隣の御嶽宿の間が4里半と長く、旅人が難渋したために仮宿を設けたのがはじまりです。宿場内には尾州家定本陣であり今でも料…
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- 美濃路 大垣宿本陣跡

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- 西濃
- 大垣宿は、中山道と東海道をつなぐ「美濃路」の宿場町。江戸時代を通じて本陣・脇本陣・問屋場・旅籠屋・商家などが軒を連ね活気にあふれていました。大垣宿の本陣は、永禄年間(1558~1569)に創建されたとされています。明治11年(1878)には明治天皇が東海・北陸御…
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- 美濃和紙雑貨体験ショップ石川紙業

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- 岐阜・中濃
- 和雑貨製造創業1902年石川紙業がプロデュースした美濃和紙雑貨体験ショップ石川紙業。江戸情緒ある「うだつの上がる町並み」の真ん中で美濃和紙を使った創作体験が楽しめます。世界に一つだけの思い出づくりに、美濃和紙起き上り人形の手作り体験、おすす…
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- 中山道明治天皇大井行在所

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- 東濃
- 中山道大井宿の旅籠であった伊藤家は、明治13年の明治天皇巡行の際にご宿泊所となり、現在でも当時の座敷、風呂場、便所がそのままの姿で保存されています。同時に、江戸時代から明治初期にかけての町家の姿をよく残しており、建築史的にも貴重なものです。行在所横…
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- 渡辺酒造店

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- 飛騨
- 2025年12月31日12時から2026年1月4日まで休業 創業が明治のはじめという老舗造り酒屋。飛騨の人々の生活には欠かせない地酒「蓬莱」と、国の登録有形文化財に指定された歴史ある建物で、酒どころ・飛騨の酒造りを牽引する存在です。ユニークなネーミングやラベル…
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- 美濃路

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- 西濃
- 美濃路は、東海道宮宿(現愛知県名古屋市熱田区)と中山道垂井宿(現岐阜県不破郡垂井町)を結ぶ全長約58キロに及ぶ街道でした。中山道の木曽谷、東海道の鈴鹿峠や七里の渡しといった難所を避けることができました。そのため、参勤交代で国許を行き交う諸大名だけでな…
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- 旧太田宿本陣門

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- 岐阜・中濃
- 文久元(1861)年、仁孝天皇の皇女和宮が14代将軍徳川家茂に嫁ぐために下向した際に新築された門です。この門は、一間の薬医門で両袖に半間の塀がつき、旧本陣の偉容を偲ばせる格式のあるつくりです。
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- 旧街道(中馬街道と南北街道)の交差点

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- 東濃
- 恵那市明智町常盤町にある交差点。南北街道と中馬街道の出遇い辻。東へたどれば、伊那路から塩尻へ。西は、 尾張へ。南に下がれば、奥三河から岡崎へ。北は 、中山道へ。かつては馬子の唄声やお伊勢参りの人たちで賑わった宿場の中心でした。
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- 美濃路 墨俣宿脇本陣

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- 西濃
- 美濃路墨俣宿にあった脇本陣跡に建つ民家です。脇本陣は明治24年(1891年)の濃尾震災の際に倒壊し、現在は隣接する本正寺に山門が残るのみです。その後、再建されたこの建物は、脇本陣時代の構造を色濃く残しており、当時の宿場町の面影を偲ぶことができます。週末には…
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- 中山道 美江寺宿

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- 岐阜・中濃
- 美江寺宿は、中山道六十九宿のうち五十五番目の小規模な宿場です。この地には奈良時代、養老年中に建立された美江寺(美江寺観音)がありました。しかし、戦国時代、斎藤道三によって岐阜へ移されましたが、地名だけは残りました。1880(明治3)年の宿駅制廃止から約1…
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- 大正路地

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- 東濃
- この路地は、2代目町長・濃明銀行創始者 故橋本幸八郎氏宅の年貢米を納めた米蔵と江戸時代から続いた呉服問屋の蔵にはさまれ、大正時代のたたずまいを色濃く残しています。蔵の白と黒のコントラストがあざやかです。黒い羽目板は、桟(さん)をはずすと防火壁の役目…
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- いわむら美術の舘(旧柴田家)

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- 東濃
- 柴田家住宅は明治時代の典型的な建造物で、設備工事によって平成15年にいわむら美術の館としてオープンしました。絵画を中心に展示され、建物とともに見学できます。二階には岩村ゆかりの画家、原田芳洲の作品が展示されています。岩村城下町に訪れた際には、是非足…
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- 勝川家

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- 東濃
- 「江戸城下町の館 勝川家」は、平成15年8月にオープンしました。勝川家は屋号を「松屋」といい、江戸末期から台頭した商家です。江戸後期の建物で、木造2階建て2軒の建物からなっています。室内は、書院・茶室・使用人部屋などがあり、往時の暮らし向きを伝えていま…
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- 土佐屋

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- 東濃
- 土佐屋は、今から約260年前に染物業を営んでいた商家で、建物自体は平成8年より復元工事が行われ、平成11年4月に「工芸の館」土佐屋としてオープンしました。当時の藍染めの工程を学ぶことができる染工場や、土佐屋の歴史をおさめた土蔵の展示室、庭の天正疎水などは…
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- 中馬街道 うかれ横丁

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- 東濃
- この路地は、中馬街道の一部で、生糸生産がさかんな頃は、旅人や馬子を相手に酒やうどんを売る店が並んでいました。昔懐かしい面影を残す通りです。道路を跨ぐ渡り廊下のある家もあります。うかれ横丁は、「 受験に受かれ!」の言い伝えがあり受験生にお勧めだそうで…
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- 中山道と美濃路 垂井追分道標

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- 西濃
- 宝永6(1709)年に建てられた追分の道標は、「中山道」と「美濃路」の大切な分岐点。中山道250余りの道標中、七番目に古いものです。☆「美濃路」は、中山道の垂井宿から、東海道の宮宿(名古屋市熱田)までの約57.5kmの街道。徳川家康が、関ヶ原合戦後に凱旋の帰路とし…
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- 加納家

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- 東濃
- 加納家は一部土蔵づくりの一風変わった外見で、軒の採光窓が特徴てす。加納家は、初代包房(かねふさ)から5代睦久(ちかひさ)まで続いた鉄砲鍛冶の家で鍛冶は、初代から3代竹治まで行っていました。包房が、1831(天保2)年ごろから当時の6代岩村藩主松平乗保の命で…
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- 木村邸

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- 東濃
- 木村家は江戸時代中期から末期に栄えた岩村城下町の本通り沿いに建つ重厚な町家造りの旧問屋です。藩の財政困窮のたびに御用金を調達してその危機を救いました。それゆえ、藩主より特別な存在として認められ、藩主自身が幾度となくこの木村邸を訪れたといわれています…
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