繊細さと強さ生かし 進化する美濃和紙

名だたる国宝級の文化財の修復に使用され、2020年東京オリンピックの賞状にも採用された美濃手すき和紙。長良川と板取川が流れる美濃市周辺では、1300年前から和紙が作られていました。繊細な美しさと、強さ。近年はその特徴を生かした新しい製品が生まれています。
美濃和紙の中でも特に伝統的な方法で作る「本美濃紙」の職人である倉田真さん。誇り高い伝統を受け継ぎ、日々自然と向き合いながら制作を続けています。

<この記事は、(株)岐阜新聞社と岐阜県観光連盟との共同企画で制作しました。>

訪ねた人:倉田真さん
可児市出身。和紙のスクール受講をきっかけに19歳で美濃和紙の世界へ。2014年にユネスコの無形文化遺産にも登録された「本美濃紙」の技術を主軸に制作活動を行っている。2019年3月に自身の工房が完成。
繊細さと強さ生かし 進化する美濃和紙

日本古来の和紙の里、美濃。

毎日の生活の中で、当たり前のように接する紙。紙の製法は中国から伝来したのち、日本独自の製法による「和紙」が発展しました。やわらかな質感を持つ和紙は現在、アートや文具、アクセサリーなどにも活用されています。

現在の美濃市を中心とする地域では、古くから高品質な「美濃和紙」が作られてきました。その歴史は1300年以上。702(大宝2)年の美濃の戸籍用紙が「日本最古の紙」として、奈良の正倉院に保存されています。平安時代には京の貴族や僧侶から、江戸時代には高級障子紙として江戸幕府に納めるなど、全国屈指の高い評価を受けました。

釣り好きの若者が 和紙職人の道へ

「魚釣りやアウトドアが好きで、美濃市は山もあって川もあっていいなあ、と思って来ました。美濃和紙については、実は何も知らなかったんです」。

 倉田さんは、美濃市から約25キロ離れた可児市の出身。高校を卒業して19歳のころ、豊かな自然に漠然とひかれて美濃市に移り住みました。そして美濃和紙の里会館で行われていた、手すき和紙の基礎を1カ月間学べるスクールに参加します。

 「やっていて楽しかった。自然の中でものづくりできるのはいいなと思い、そのまま続けることにしました」。

 落ち着いた雰囲気を持ちながら、思い切りのいい決断をする倉田さん。以降20年以上にわたって、若き職人としての期待を背負いながらも美濃和紙と向き合ってきました。

清流に育まれた 世界に誇る手すき技術

繊細な風合いと強さ、薄くてむらのない上質な仕上がりを持つ美濃和紙。陽の光に透かせば、繊維が整然と絡み合う美しさに目を奪われます。現在も古文書や絵画、掛け軸など、国宝級の文化財の修復に使われています。海外からも評価され、イギリスの大英博物館やフランスのルーブル美術館でも絵画の修復に欠かせない存在です。

特に美濃和紙の中でも伝統的な原料や道具、技法だけを用いて作られるのが、「本美濃紙」です。

長良川と板取川の清流に恵まれた美濃の地だからこそ育まれ、受け継がれてきた美濃和紙の技術。築100年以上の古民家を改修して作った倉田さんの工房にも、すき舟の中で紙すきの道具・簀桁(すけた)を縦横に振って波立つ水音が響きます。

干しあがるまでわからない 自然と向き合う日々

  • 写真提供 岐阜新聞

和紙の主原料・楮(こうぞ)を清流に浸し、煮たりほぐしたりして、紙すきに使えるまで処理をするのに約2週間。すき舟に水を張り、トロロアオイという植物の根をすりつぶした粘液「ねべし」と楮の繊維を混ぜ合わせて、やっとすく前の液の準備が整います。

倉田さんは2日ほどで150枚ほどすいて、干していきます。紙をこれだけすくまでかかる時間は、合わせて約3週間。

「紙の厚さは干しあがってみないとわからないから、そこでダメなら3週間が水の泡です。原料はすべて自然のものだから、雨が降ってうまく干せないと腐ってしまう。エアコンや冷蔵庫もないときは、夏に紙をすくことができなかったんですよ」。

生きた自然を相手にするからこその難しさ。日々変化していく自然の原料や道具に向き合いながら、均質な紙を生み出すのは、まさに職人技です。

教えても食べていけない。存続の危機にあった美濃和紙

倉田さんが美濃市に来た1990年代、美濃和紙の職人は存続の危機にありました。

「紙すきは、かつて職人の子どもが継ぐ仕事でした。でも僕が美濃に来た時に残っていた職人は、全員僕らのおじいちゃんぐらいの世代。教えても食べていけないから、誰も継がせることなく弟子もとらない。そんな状況でした」。

和紙づくりを続けたかった倉田さんも、なかなか受け入れてくれる工房が見つからなかったといいます。何度もお願いをして、やっと受け入れてくれた工房で約3年間修業しました。

「想いを込めて作っていることが、届いてほしい。職人を目指し研修に来る若い人たちが少しずつ増えてきました。彼らが職人になったとき、良い形を残したい」。

美濃和紙の職人たちが手がけるさまざまな形・デザインの和紙が集結し、職人の想いに触れられるのが、和紙専門店「Washi-nary」です。建物は元紙問屋として栄えた商家の別宅で、現在は「NIPPONIA美濃商家町」という宿泊施設に。往時の繁栄の歴史とともに、美濃和紙の深みへと潜り込むことができます。

新たな光を灯しながら 1300年のその先へ

「1300年の歴史の中で洗練されてきた技術。止めるには惜しい。手で作っているからこそ、柔軟に形を変えることができることが紙の強みです。伝統を続けつつ、問屋さんなどと協力して、現代に合ったものも作って発信していきたい」。

美濃和紙を使ったアクセサリー、涼感とおしゃれな見た目で再注目を集めた「水うちわ」、靴下などの衣類、かわいく使いやすいデザインのメモ帳や便せん。美濃和紙は今の私たちの生活を彩るさまざまな製品に生まれ変わっています。

美濃和紙を使ったオブジェが、うだつの上がる町並みに美しくともる「美濃和紙あかりアート展」には、美濃和紙の特性を生かしたユーモアあふれる作品が全国から集まります。過去の入賞作品は「美濃和紙あかりアート館」で常時展示されています。


和紙作り体験で職人の想いに触れる

「美濃和紙の里会館」は、板取川のほとりに建っています。美濃和紙を深く学べる展示のほか、本格的な原料や道具を使った紙すき体験で、和紙作りの魅力と難しさに触れることができます。毎日、目にする紙とはいえ、自分ですいた和紙はきっと特別なものになるはず。倉田さんが美濃和紙の世界に足を踏み入れた原点であるスクールも、美濃和紙の里会館で行われていました。

「多くの人に和紙の良さを感じてもらいたい。僕らも時代の流れに応えられるよう、技術を磨いていきます」。

1300年の歴史をつなぐ職人の一人として、倉田さんの挑戦は続きます。

旅のメモ

選べる紙すき体験(要予約)

職人が使う本物の道具を使い、楮100%の原料を使った紙すき体験ができます!

伝統の「流しずき」で美濃判をすきあげるコースや、模様のついた美濃和紙を作るコース 、「溜め漉き」という技法を用いて、はがきを作るコース など、複数の体験プランをご用意しております。

選べる紙すき体験(要予約)