承久の乱合戦供養塔 (佛願院・前渡不動尊)(じょうきゅうのらんかっせんくようとう(ぶつがんいん・まえどふどうそん))

承久の乱合戦供養塔は、佛眼院参道の途中、矢熊山の山腹。

承久3年(1221年)6月6日、朝廷側と鎌倉幕府側は、まめどで戦いました。

前渡・まめど(各務原市前渡・承久記では「大豆戸」・吾妻鏡では「魔免戸」と表記)が、選ばれた理由が、木曽川中でも特に浅く水量の多い夏場でも渡りやすい場所であったからだ言われています。


幕府軍 総大将 北条泰時や三浦義村と朝廷側 総大将 藤原秀康や三浦胤吉(たねよし)などが睨みあった激戦地です。

昭和7年(1932年)の県道工事の際、「再宮寺」という小字地名が残っている矢熊山の西側から多数の五輪塔が出土しました。


天台宗西宮寺に祀られていた塔が木曽川の洪水で寺とともに流されここに埋没したものと考えました。

この時発見された五輪塔は、前渡地内の桃春院に集められましたがより丁寧にしようと有志の手によって佛眼院のある矢熊山(前渡不動山)に移されました。


五輪塔は、型式的にな特徴から1部は15世紀後半、多くは16世紀後半~17世紀前半で戦国・江戸時代にかけてく作られたと推定されます。

13世紀前半に起きた承久の乱よりのちの時代のもので、後世の村人たちが承久の乱の戦死者を弔うため作ったものと思われます。


 ※ 昭和47年「承久の乱合戦供養塔」として市史跡に指定されました。

 ※承久の乱合戦場(古戦場)跡や陣の場所については、木曽川の何度にもわたる洪水のため正確な場所ははっきりわかっていません。

  主な場所は、大井戸・鵜沼・板橋・気瀬・大豆戸・食渡・椑島・墨俣・市川前などになります。

エリア
岐阜・中濃
カテゴリー
歴史を知る

基本情報

住所
岐阜県各務原市前渡東町6 佛眼院・前渡不動尊
アクセス
【車】・東海北陸道 岐阜各務原ICから国道21号利用約18分(約8.7km)【公共交通機関】・JR各務ヶ原駅から麓まで徒歩約50分(約4.0km)・名鉄二十軒駅から麓まで徒歩約30分(約2.5km)・バス:ふれあいバス東部・南部線、循環休日線「前渡不動前」【共通:麓の駐車場から】・徒歩約6分(約340m)。山腹には承久の乱合戦供養塔があります。
ウェブサイト

http://www.city.kakamigahara.lg.jp/appeal/kankou/000727.html

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