岐阜の
スポット・体験を探す
- 現在の検索条件
- 関ケ原町
- 関ケ原古戦場 開戦地

-
- 西濃
- 関ケ原合戦当日の朝、霧が薄くなったのをきっかけに松平・井伊隊が、先峰の福島隊の脇を通り抜け、宇喜多隊の前へ進出し発砲。この井伊隊の抜け駆けに怒った福島正則が、宇喜多隊に対して一斉射撃を行い、この開戦地で関ケ原合戦開戦の火ぶたが切られました。「徳川四…
- more
- 薩摩池 <島津の退き口ゆかりの地>

-
- 西濃
- 島津義弘隊が布陣した際に軍用として使用した小さな池で、古来より水が枯れたことはないと言われています。関ケ原合戦の勝敗がついた後、島津隊は敵中突破の撤退にて、伊勢街道を走り抜けました。
- more
- 島津義弘陣跡<島津の退き口ゆかりの地>

-
- 西濃
- 神明神社裏側に「島津義弘陣跡」はあり、西軍布陣地のほぼ中央部に位置しています。島津隊はわずか800名程度ともいわれる少数部隊で、鉄砲を巧妙に使って戦い、陣中では壕も掘らず、柵も作らず、鉄砲隊は交互に入れ替わり狙撃し、騎馬隊を打ち落としていたといわれて…
- more
- 大谷吉継顕彰碑

-
- 西濃
- 富国強兵を掲げた明治期から戦時色を強めた昭和初期にかけて、関ケ原の合戦は、戦術・戦略研究の対象となり、古戦場では実際に演習も行われました。昭和15年(1940年)に不破古跡保存会によって顕彰碑は設置され、顕彰碑は大谷吉継の最後を武士道の模範として称える内…
- more
- せきがはら史跡ガイド

-
- 西濃
- 「せきがはら史跡ガイド」は、関ケ原町の史跡講座を2年間受講したメンバーで構成されています。希望の時間(9:30~16:30の間で自由設定) やコースに合わせて関ケ原の名所古跡を案内してくれるので、旅のプランに組み込みやすいです。また、初めて関ケ原を訪れた方…
- more
- 松平忠吉・井伊直政陣跡

-
- 西濃
- 関ケ原の合戦で、井伊直政は事実上の総大将で先鋒役の意識が強く、直政の娘婿で初陣でもある松平忠吉(徳川家康の四男)に手柄を立てさせたい一心でした。東軍先鋒は、福島隊と決まっていましたが、午前8時頃に福島隊の先頭隊長の可児才蔵の制止を振り切り、宇喜多隊…
- more
- 東首塚

-
- 西濃
- JR関ケ原駅のすぐ西の跨線橋を渡ると、左手に広葉樹の森がありその中に「東首塚」があります。朱色の大きな門を抜けると、その奥にスダジイの大木が茂った塚があります。この塚は関ケ原合戦後、徳川家康が床几場で首実検をし、その後東西2ヶ所に埋葬したことから「東…
- more
- 関ケ原町歴史民俗学習館

-
- 西濃
- 2020年10月にリニューアルし、関ケ原町歴史民俗学習館として新しい施設になりました。「岐阜関ケ原古前城記念館」と共に、関ケ原町の郷土・歴史を大切にし、教育的視点・体験的要素要素を重視した施設です。全国の歴史ファンが集い、歴史を学び、語ることができる施設…
- more
- 関ケ原でサイクリング 電動アシスト付自転車レンタル

-
- 西濃
- 関ケ原駅前観光交流館にて行っている「電動アシスト付自転車」の貸し出しを予約出来ます。電動アシスト付の自転車は台数に限りがありますので、土日祝祭日は特に予約されることをお勧めします。皆様に安心して乗っていただけるようヘルメットをご用意しております。※…
- more
- 福島正則陣跡

-
- 西濃
- 福島正則は秀吉子飼いの大名でありながら 、石田三成と対立して東軍へ加担し、関ケ原合戦の開戦後、宇喜多隊に襲いかかり死闘を繰り広げました。現在、陣跡が残る春日神社境内には、関ケ原合戦屏風にも描かれた樹齢800年の「月見の宮・大杉」が、どっしりとそびえ…
- more
- 伊吹山ドライブウェイ 秋の紅葉

-
- 西濃
- 自然がいっぱいの関ケ原ですが、紅葉のスポットとしておすすめなのは伊吹山です。秋の行楽シーズンは、史跡巡りとセットでぜひ伊吹山ドライブウェイにお越しください。 【紅葉シーズンについて】10月上旬頃より伊吹山登山道のクサモミジが色付き始め、徐々に紅葉…
- more
- 藤古川のホタル

-
- 西濃
- 毎年、関ケ原町藤古川周辺では多くのホタルが飛び交う様を見ることができます。6月上旬から中旬にかけて、ゲンジボタルの姿を見ることができ、多い時には数百匹のホタルが一斉に乱舞し、幻想的な光景で見物に訪れた人々を楽しませてくれます。藤古川の名神高速道路高…
- more
- 島左近陣跡

-
- 西濃
- “三成に過ぎたるもの”と言われた島左近は関ケ原の合戦前日、兵500を率いて挑んだ岐阜県大垣市「杭瀬川の戦い」で勝利し、西軍の士気を高め、当日は笹尾山の麓に布陣します。開戦後、攻め寄る黒田長政や細川忠興ら東軍を幾度も押し返す活躍を見せましたが…
- more
- 関ケ原マーブルクラフト

-
- 西濃
- 「関ケ原マーブルクラフト」は大理石美術工芸技術の粋を極めた作品の数々を展示、販売しています。他にも大理石・オニックスをはじめ世界貴金属を展示即売していて、マーブルアートの素晴らしさを一般に公開して広く知ってもらおうと、加工工場と展示場に見学者を迎え…
- more
- 西首塚

-
- 西濃
- 「西首塚」は、JR関ケ原駅前から国道21号線を西へ700mほど行ったところにあります。「東首塚」と同様、当時この地の領主であった竹中重門が徳川家康の命により、関ケ原の戦いで戦死した兵士たちを埋葬しました。現在は高さ2m、周囲30m程の塚ですが、JR東海道本線の敷…
- more
- 田中吉政陣跡

-
- 西濃
- 「田中吉政陣跡」の碑は「徳川家康最後陣跡」のすぐ隣にあります。以前は、関ケ原字甲斐墓という場所にあり、現在の陣場野に移されたのは昭和62年のことでした。『関原合戦図志』によると、合戦時の田中隊のはっきりとした布陣地はわかっていないようですが、田中隊は…
- more
- 関ケ原明神の森

-
- 西濃
- 国道21号線関ケ原バイパスからアクセス可能な「明神の森」。関ケ原古戦場の北、伊吹山に隣接するこの森は、四季折々の花々と素晴らしい眺望が魅力です。管理棟にある第一駐車場までは車で登ることができ、小道を少し上がったところにあるふれあいの広場からは、濃尾平野…
- more
- 大谷吉継陣跡

-
- 西濃
- 「大谷吉継陣跡」は、山中(やまなか)の「大谷吉継の墓」から少し下った場所にあり、ひっそりと碑が建っています。大谷隊は、関ケ原の合戦が始まる十日程前に「若宮八幡宮」上の急斜面に陣を作り始めました。この陣は、空堀を左右に巡らせ、山中城と呼ばれるほどの要害の地で…
- more
- 細川忠興陣跡

-
- 西濃
- 父・幽斎(藤孝)とともに当代一流の文化人として知られ、千利休の高弟である「利休七哲」にも名を連ねました。豊臣恩顧の武将でしたが、石田三成とは仲が悪く、この関ケ原の合戦では最初から東軍として参戦しました。というのも、徳川家康が会津征伐のため大坂を留守…
- more
- 脇坂安治陣跡

-
- 西濃
- 関ケ原の南方、現在の名神高速道路と黒血川との間、松尾山のふもとに「脇坂安治陣跡」はあります。脇坂安治は朽木元綱・小川祐忠・赤座直保とともに西軍として布陣しましたが、小早川秀秋隊が寝返ると4隊とも大谷隊へ攻撃をしかけ、最終的には東軍を勝利に導きました…
- more
