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- 戦国・城郭
- 薩摩池 <島津の退き口ゆかりの地>

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- 西濃
- 島津義弘隊が布陣した際に軍用として使用した小さな池で、古来より水が枯れたことはないと言われています。関ケ原合戦の勝敗がついた後、島津隊は敵中突破の撤退にて、伊勢街道を走り抜けました。
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- 行徳岩 (武儀川)

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- 岐阜・中濃
- 「明智光秀公の母」が懐妊していた時、この岩に立って行水し、「私の生む子が男であったら、仮令三日でもよいから天下を取るような立派な男子を、もし女であったら天下一の美女を御さづけ下さい」と祈ったと伝えられています。
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- 杭瀬川古戦場

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- 西濃
- 慶長5年(1600年)9月14日、大垣城を出陣した西軍「島左近・蒲生備中(がもうびっちゅう)」ら軍勢約500人は、一隊を伏せて杭瀬川を渡り、東軍「中村一栄」隊を挑発、出陣してきたところを偽りの退去で誘い込み、これを打ち破りました。杭瀬川の広大な河川敷が、往時…
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- 明智光秀公ブロンズ像

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- 岐阜・中濃
- 大河ドラマ「麒麟がくる」の主人公 明智光秀が、出生地の故郷明智荘に438年の時を経てよみがえりました。高さは台座を含めて約4m30cm、鎧に陣羽織を羽織り、鉄砲を携えた迫力のある立像です。人々が穏やかに暮らせる、争いのない時代を願って可児から雄飛した…
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- 関ケ原町歴史民俗学習館

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- 西濃
- 2020年10月にリニューアルし、関ケ原町歴史民俗学習館として新しい施設になりました。「岐阜関ケ原古前城記念館」と共に、関ケ原町の郷土・歴史を大切にし、教育的視点・体験的要素要素を重視した施設です。全国の歴史ファンが集い、歴史を学び、語ることができる施設…
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- 積翠城 新緑まつり

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- 岐阜・中濃
- 5月は郡上八幡城がいちばん美しい季節。深い翠(みどり)に包まれた城山と一体となった郡上八幡城は、古くから「積翠城」とも呼ばれています。その美しい風景は、まさにこの時期ならでは。その城山を歩きながら、見て、感じて、楽しむさまざまな催しをご用意しました。…
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- 顔戸城址

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- 岐阜・中濃
- 大河ドラマ「麒麟がくる」で注目を集める可児市北東部から御嵩町西部にかけて存在したとされる明智荘は、古来「明智八郷」と言われており、現在の御嵩町の古屋敷・顔戸、可児市の柿田・渕之上・平貝戸・瀬田・石森・石井の8つの集落を指します。この明智荘には、美濃…
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- 高須城跡

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- 西濃
- 慶長5年(1600年)8月19日、西軍 高木盛兼の高須城は、福束城を落とした徳永寿昌に欺かれて落城しました。高須城跡公園を含む周辺一帯が、城跡で散策コースも整備されています。
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- 金幣社 八王子神社

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- 東濃
- 平安時代に創建され千年を超える歴史を持つ郷土の産土神です。現在の社殿は、延宝四年(1678年)、領主遠山伊次公による造営で、県の重要文化財に指定されています。唐門は白鷹城(明知城)の城門を移築したものとされています
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- 藤堂高虎・京極高知陣跡

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- 西濃
- 現在のJR関ケ原駅から国道21号線を越えたところにある関ケ原中学校の敷地内に、藤堂高虎と京極高知は陣を構えたとされています。両隊は合戦時に福島正則隊に続いて東軍左翼縦隊の第2陣として進軍し、開戦後は不破関跡付近まで進撃して、大谷吉継の隊に属していた平塚…
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- 桜洞城

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- 飛騨
- 桜洞城は、戦国時代に益田一帯を制して、勢力を振るった三木氏の居城があったところ。三木氏が飛騨全域を統一して、高山盆地に城を築いてからは、ここを冬の宿地としたことから、「冬城」の名でも知られている。発掘調査の結果、城内の規模は南北約147m、東西約97m…
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- 森部の合戦場跡と出世の松(利家とまつ)

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- 西濃
- 永禄4(1561)年、織田信長は西美濃を征服しようと、本郷村より長良川を渡って森部村に進出、斎藤龍興の軍と戦いました。斎藤軍6千に対し、織 田軍1万5千で対戦。墨俣の下宿から押し寄せてきた斉藤軍を織田軍は、味方を三手に分け敵をはさみうちにして破りま…
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- 十五社神社

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- 岐阜・中濃
- 平安時代に創建された神社で、土岐氏が氏神として崇敬していました。天文9年(1540)に土岐氏が奉納した越前産笏谷石製の狛犬一対が現存しています。当時の朝倉氏は笏谷石を越前国外にほとんど持ち出さなかったことが分かっており、土岐氏と朝倉氏の深い関係が想像さ…
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- 城山公園

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- 飛騨
- 飛騨高山の古い町並を抜け急な坂道を上っていくと城山公園にたどりつきます。この一帯には、かつて織田信長や豊臣秀吉に仕えた武将・金森長近が築いた高山城がありました。堅牢な城は戦国時代には「日ノ本屈指の山城」と称されたほど。金森家が上山へ移封されたため加…
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- 大御堂城跡

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- 西濃
- 今から450年程前に生まれ、戦国時代に豊臣秀吉の軍師として智将振りを発揮したものの、惜しくも志半ばの36歳にして病没した。竹中家ゆかりの八幡神社の脇に生誕の地を示す碑が建立されています。隣接する月真寺には、半兵衛の父、竹中重利の墓や、旗本の加藤平内歴代…
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- 平塚為広碑

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- 西濃
- 平塚為広碑は「大谷吉継陣跡」の山を下りて道の東側にあります。関ケ原に隣接した美濃垂井(1万2千石)を治めていたこともあってか、合戦ではいち早く西軍として参戦しました。その背景には大谷吉継と為広が盟友であったという話もあるようで、合戦当日は大谷隊前方に…
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- 可児市観光交流館

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- 岐阜・中濃
- 山城めぐりの拠点施設及び観光案内所として、平成30年4月にリニューアルオープンしました。館内1階は、戦国時代の本陣をイメージした内装であり、陣幕や甲冑、槍や弓などが展示されています。展示の甲冑はすべて着ることができ、さらに、甲冑や忍装束を着て、美濃…
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- 明智光秀公学問所と天神神社

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- 東濃
- 万ヶ洞にある天神神社は、明智光秀公が若かりし頃、京都嵯峨天竜寺の雲水・勝恵という学僧を招き、ここで学問に精進したと言われています。祭神は菅原道真公であり、京都北野の天満宮からの分祀と伝えられています。
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- 西首塚

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- 西濃
- 「西首塚」は、JR関ケ原駅前から国道21号線を西へ700mほど行ったところにあります。「東首塚」と同様、当時この地の領主であった竹中重門が徳川家康の命により、関ケ原の戦いで戦死した兵士たちを埋葬しました。現在は高さ2m、周囲30m程の塚ですが、JR東海道本線の敷…
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- 大桑城へ けんきゃくコース(古城山登山口)

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- 岐阜・中濃
- 山麓の古城山登山口より古城山を登るコース大桑城の遺構を見ながら山頂を目指します。ルートの一部に傾斜の急なところがあり、距離もあることから、体力に自信のある方にお勧めです。山頂までの距離:約2.1km山頂までの時間:約60分~90分バスでお越しの場合は、古城…
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