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- 寺社・仏閣
- 龍護寺

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- 東濃
- 明智光秀公供養塔 明知遠山家の菩提寺である龍護寺に、明智光秀公の供養塔があります。 光秀公に関する碑は、「その悲痛な思いで」ことごとく割れるといった通説どおり、斜めに大きくひび割れが入っています。 毎年5月3日には、光秀まつりとあわせて、明智光秀公…
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- 十五社神社

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- 岐阜・中濃
- 平安時代に創建された神社で、土岐氏が氏神として崇敬していました。天文9年(1540)に土岐氏が奉納した越前産笏谷石製の狛犬一対が現存しています。当時の朝倉氏は笏谷石を越前国外にほとんど持ち出さなかったことが分かっており、土岐氏と朝倉氏の深い関係が想像さ…
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- 桜洞城

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- 飛騨
- 桜洞城は、戦国時代に益田一帯を制して、勢力を振るった三木氏の居城があったところ。三木氏が飛騨全域を統一して、高山盆地に城を築いてからは、ここを冬の宿地としたことから、「冬城」の名でも知られている。発掘調査の結果、城内の規模は南北約147m、東西約97m…
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- 林昌寺

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- 飛騨
- 林昌寺は古くは飛騨国司であった姉小路家代々の菩提寺でしたが、衰退していたのを金森可重が実父母の追善の為に、天正17年(1589年)に再興されました。山門は増島城の薬医門を移築したとされ、市指定の有形文化財に登録されています。山門隣の十王堂には仏誕2500年記…
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- 光顕寺

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- 西濃
- 教如上人が関ヶ原合戦、直前の慶長5年8月に徳川家康の陣中見舞いを行った。関東からの帰り道、墨俣の渡船場付近(長良川)で西軍の石田三成軍に襲われたが、安八・墨俣などの15か村の信徒によってかくまわれた場所とされている。その際に、もはやこれまでかと思い、…
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- 熊野神社本殿(日本遺産構成文化財)

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- 飛騨
- もとは飛騨安国寺の鎮守で、創建は室町初期と推定されています。近年の年輪年代測定調査では、横板壁板の部材が西暦1400年前後の伐採と推定されています。本殿は一間社流見世棚造になっており、正面向拝の柱上に向かい合わせで木鼻を飾るなど、細部にまで優れた技法が…
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- 瑞巌寺・小島頓宮の碑

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- 西濃
- 美濃国と尾張・伊勢の合わせてた『 三ヶ国の守護大名 土岐頼康 』と 父「頼清」の墓があります。また、南北朝時代、北朝の第4代・後光厳天皇(ごこうげんてんのう)を招いた「小島頓宮」の碑も境内にあります。揖斐川町:明智光秀ゆかりの地
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- 龍泰寺

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- 岐阜・中濃
- 応永14年(1407年)、第1祖・無極慧徹(むごく えてつ)禅師によって開創された龍泰寺。開基は室町幕府第9代将軍・足利義尚と伝わります。本堂裏山の中腹には、後光厳天皇(在位1368〜1375年)ゆかりの旧跡地として石碑が建てられ、境内全体に歴史の趣が漂います。寺…
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- 円光寺

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- 飛騨
- 浄土真宗、西本願寺派のお寺。毎年1月15日に行われる飛騨古川の冬の風物詩「三寺まいり」の時に巡拝する3つのお寺の一つです。飛騨古川の観光スポットの瀬戸川に隣接し、白壁土蔵街と円光寺の風景は飛騨古川の象徴的な風景として親しまれています。円光寺の山門は、…
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- 観好寺・子安観音

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- 飛騨
- 飛騨地方では数少ない安産・子宝の観音さまです。地元では「宮地の観音さま」と親しまれて、祈願に訪れる人が絶えません。創建は1194年と古く、ご本尊は如意輪子安観世音菩薩です。高山城主の金森長近も参詣したといわれ、江戸時代後期の国学者赤田臥牛は高王観音経の…
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- 朝倉山真禅院

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- 西濃
- 739年創建の天台宗の古刹。三重塔や県下最古といわれる梵鐘など国指定重要文化財を所有。緩やかな石段が続く表参道を上がれば、紅葉の境内から、垂井の町並みが一望できます。
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- 長寿院盛淳の墓・琳光寺

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- 西濃
- 島津義弘公の家老・長寿院盛淳は、島津豊久公に次いで捨て奸(すてがまり)を行い、義弘公から賜った陣羽織を身につけ、「我こそは義弘也」と名乗り、主君の身代わりとなって討ち死にしました。琳光寺には、盛淳公を悼んで宝暦治水の薩摩藩士が刻んだ五輪塔と、子孫が…
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- 春日神社

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- 岐阜・中濃
- 鎌倉時代の正応元年(1288年)、関鍛冶を代表する金重と兼永が奈良の春日大明神を勧請し、関鍛冶の守護神として祀ったのが始まりと伝わります。室町時代には都の文化をいち早く取り入れ、境内に能舞台を建立。現在も、春祭り(4月)や天王祭り(夏)など多彩な行事が…
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- 明智光秀公学問所と天神神社

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- 東濃
- 万ヶ洞にある天神神社は、明智光秀公が若かりし頃、京都嵯峨天竜寺の雲水・勝恵という学僧を招き、ここで学問に精進したと言われています。祭神は菅原道真公であり、京都北野の天満宮からの分祀と伝えられています。
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- うだつの町家のおひな様

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- 岐阜・中濃
- うだつの上がる町並みの町家に、古くから伝わるお雛様や美濃和紙で作ったお雛様を展示し、桃の節句をお祝いします。江戸・明治・大正・昭和とのさまざまな時代のおひな様はもちろん、美濃市の伝統産業である「美濃和紙」を衣装や小物に使った「上有知雛(こうずちびな…
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- 吉祥寺 (吉祥院)

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- 岐阜・中濃
- 平成24年(2012年)に岐阜市・各務原市をめぐる七福神として「ぎふ七福神」は開創されました。吉祥寺には、弁財天が祀られています。『ぎふ太郎丸 乳弁天』の伝説むかし吉祥寺で一人の赤ちゃんを養女にしました。住職の奥さん「たつ」は自分が産んだ子でないのでお乳…
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- 瑞巌寺

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- 岐阜・中濃
- 平成24年(2012年)に岐阜市・各務原市をめぐる七福神として「ぎふ七福神」は開創されました。瑞巌寺には、大黒天が祀られています。草創は延暦24年(805年)、最澄と伝えられています。開山は寛永16年(1639年)加納城の鬼門除けとして、十一面観世音菩薩安置し曹洞…
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- 金屋川原の合戦址 須賀神社・正覚寺

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- 西濃
- 西軍として南宮山後方に布陣していた長宗我部盛親は、関ケ原の合戦での味方の敗走を知り、戦わずして戦線離脱を図りました。伊勢方面へ抜けようと南へ進んだ毛利秀元・長曽我部盛親・長塚正家らは、養老町金屋付近で、遅れて関ケ原を目指していた東軍・松の木城主&nbs…
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- 飛騨東照宮

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- 飛騨
- 高山の中心地から少し離れた場所に位置している「飛騨東照宮」。桜の名所として知られ、開花の時期には参拝者で賑わいます。元和5年(1619年)、飛騨高山藩の3代藩主・金森重頼(しげより)公が、高山城中に祀ってあった徳川家康公を現在地に遷座したのが創建といわれ…
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- 白山神社 (旗懸けの松)

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- 西濃
- 慶長5年(1600年)9月14日、岐阜から赤坂に向かった徳川家康公は、神戸の白山神社で休憩した折、松の大樹に旗を懸けたところから、その松は「旗懸けの松」と呼ばれるようになりました。また、そのとき神戸町八条の禅宗「瑞雲寺」の住職が大きな柿を献上したところ、家…
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