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- 臥龍山 行基寺【海津市】

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- 西濃
- 尾張二代藩主 徳川光友の次男・松平義行が、美濃高須藩の藩主として封ぜられたとき、松平家の菩提寺として伽藍を再建し臥龍山行基寺と名付けられました。明治維新に至る160年間、一般庶民の登山参拝は禁止されていました。季節がめぐるたびに変化する美しい絶景「春の…
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- 岐阜信長神社(建勲神社)

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- 岐阜・中濃
- 樫森神社の境内に織田信長公を主祭神とする『建勲神社』があります。明治時代に京都の建勲神社から分霊されました。通称、岐阜信長神社。樫森神社では、毎月最終金曜日に金の御朱印がいただけます。尚、伊奈波神社(父)・金神社(母)・橿森神社(子)は親子関係にあ…
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- 円徳寺

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- 岐阜・中濃
- 円徳寺は、上加納村長旗(現在の岐阜市長旗付近)にあった浄泉坊が前身といわれています。天文16年(1547年)、織田信秀公(信長の父)が岐阜(当時は井ノ口)に攻め入った際、斎藤道三公に大敗し約5000人の戦死者が出ました。この戦死者を弔うための織田塚が浄泉坊に築…
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- 大垣市奥の細道むすびの地記念館

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- 西濃
- 俳聖・松尾芭蕉が「奥の細道」紀行を終えたむすびの地「大垣」で芭蕉がたどった「奥の細道」を追体験できる「奥の細道むすびの地記念館」。「奥の細道」の解説をはじめ、松尾芭蕉の人となりや旅に生きた人生を紹介する「芭蕉館」には、企画展示室とともに「AVシアター…
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- 道三塚

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- 岐阜・中濃
- 斎藤道三公は、長男斎藤義龍公との「長良川の戦い」で討死にし、その遺体が道三塚に葬られました。斎藤家の菩提寺であった常在寺の日椿上人が、現在の地に移し、供養碑を建てたといわれています。麒麟がくる、明智光
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- 関ケ原笹尾山交流館

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- 西濃
- 関ケ原笹尾山交流館(せきがはらささおやまこうりゅうかん)は、関ケ原古戦場でも一番の観光スポットである笹尾山・石田三成陣跡での交流を促進するための拠点施設です。「甲冑体験(有料)」をはじめ、観光パンフレットの配架や観光情報の発信を実施しています。夏の…
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- 南宮大社 花手水 花手水呈茶席

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- 西濃
- 岐阜県不破郡垂井町にある南宮大社は美濃國一宮として古く神話の時代、伊耶那美命(いざなみのみこと)が火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)をお生みになられた際にお生まれになられた鉄鉱・鉱山を司る金山彦大神を主祭神として、現在でも南宮大社は金属の総本宮として全…
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- 可児市戦国山城ミュージアム

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- 岐阜・中濃
- 可児市戦国山城ミュージアムでは、可児市兼山地区に残る国史跡「美濃金山城跡」と城主森氏をはじめ市内各地の山城を紹介しています。本施設は、明治18年(1885年)に竣工した小学校校舎であり、懸け造りの3階建て(南面からは2階造り、北面からは総3階)という造りが…
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- 中津川市鉱物博物館

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- 東濃
- 岐阜県中津川市苗木・蛭川を中心とする一帯は、水晶・トパーズをはじめさまざまな鉱物を産し、鉱物の一大産地「苗木地方」としてよく知られてきました。中津川市鉱物博物館は、苗木地方の産出鉱物など多くの鉱物標本を展示し、鉱物や地域の地質について学べる、国内で…
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- 中山道広重美術館

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- 東濃
- 中山道広重美術館は、平成13年9月、歌川広重の浮世絵版画を中心とする美術作品の展示・収集・保管を主な目的に開館しました。収蔵する美術品は、歌川広重がその円熟期に中山道を描いた「木曽海道六拾九次之内」など約500点。それらは田中コレクションとして世に知られ…
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- 卜全塚(氏家卜全の墓)【海津市】

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- 西濃
- 氏家卜全は、戦国末期の大垣城主で織田信長に仕えており、当時西美濃三人衆といわれた実力者の一人でした。元亀元(1570)年、伊勢長島で勢力を誇っていた願証寺の門徒六万余は織田信長に反抗していた石山本願寺の寺に応じ尾張に攻め込んで織田信興(信長の弟)を…
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- 岐阜県博物館

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- 岐阜・中濃
- 岐阜県の豊かな自然と人々の暮らしを、楽しみながら学べる博物館です。動物や植物、岩石や化石、昔の道具や人々のくらしなど、「自然」と「文化」をテーマにした展示が盛りだくさん。展示を見るだけでなく、実際に触れたり、体験したりしながら、岐阜をまるごと知るこ…
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- 立政寺

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- 岐阜・中濃
- 東海地方の中世浄土宗の一大中心地として栄えた寺。明智光秀公と細川藤孝公の仲介により、織田信長公が、戦国最後の将軍となる直前の足利義昭公をこの寺に迎えている。又、徳川家康公も関ケ原の合戦の時に立ち寄っている。
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- 太田宿中山道会館

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- 岐阜・中濃
- 今もなお宿場町の面影が強く残る太田宿。中山道六十九次の51番目の宿場にあたる太田宿は、中山道の三大難所の1つ「太田の渡し」で知られています。太田宿中山道会館では、宿場町の歴史・文化を学ぶことができます。お食事や休憩ができる「カフェYADORIGI」や特産品…
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- 日龍峯寺(高澤観音)

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- 岐阜・中濃
- 岐阜県関市の山あいにたたずむ「日龍峯寺(にちりゅうぶじ)」は、岐阜県下で最も古い歴史を持つ寺院です。本堂は、京都・清水寺を思わせる舞台造りとなっており、その姿から「美濃の清水」とも称されています。境内に残る多宝塔は、鎌倉時代に北条政子によって建立さ…
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- 中山道 落合宿

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- 東濃
- 木曽路の険しい難所をひかえる旅人たちを迎えた落合宿は、映画「十三人の刺客」で決戦地としても描かれた、今も山あいの街道情緒を残す宿場町。本陣は美濃17宿に唯一残る本陣建築で国の史跡。3月から11月まで、毎週日曜日と祝日の9:00~16:00まで一般公開されていま…
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- 関市円空館

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- 岐阜・中濃
- 関市内で見つかった、貴重な円空仏を多数展示する資料館。素朴であたたかな表情の仏さまたちが、訪れた人の心をふっとやわらかくしてくれます。館内では、仏像だけでなく、円空の生涯や彫刻の背景についても知ることができます。 館の近くには、円空が晩年を過ご…
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- 毛利秀元陣跡

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- 西濃
- 毛利秀元は、穂井田元清(毛利元就の四男・毛利元清)の長男として生まれる。関ケ原合戦では、西軍に属し毛利輝元の名代として南宮山に布陣。一族の吉川広家らの内通により、合戦では動けず参加できませんでした。(西軍敗戦の要因の1つ)合戦後は、吉川広重の思惑が…
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- 妻木城跡

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- 東濃
- 妻木城は、14世紀に土岐頼貞の孫土岐明智彦九郎頼重が築いたとされています。その後、一族である妻木氏が領主となり、慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いに西軍である岩村城主の田丸勢を破った功績で7,500石を所領しました。城は山頂を中心に約200メートル四方の範囲に、…
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- 落合の石畳

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- 東濃
- 落合宿と馬籠宿の間には急な坂道が多くあり、旅人の便を図り、同時に坂道を大雨から守る策として、この落合の石畳が作られました。今は、昔の姿を留めていた三ケ所を含めて約840mが再現されています。深い森の中、ひんやりした木立の中を苔むした石畳を踏みながら歩…
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