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- 谷汲山華厳寺

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- 西濃
- 西国33番満願霊場で、「谷汲さん」の愛称で親しまれている華厳寺。「西国三十三所 観音巡礼」が日本遺産に認定されました。本尊は十一面観世音菩薩で、精進落しの青銅製のコイや暗闇を手さぐりで歩く戒檀巡りがあり、満願・結願の地らしく厳かな雰囲気があります。…
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- 信長ゆめ広場・黄金の織田信長公像(JR岐阜駅)

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- 岐阜・中濃
- マントを羽織り、右手に西洋兜、左手に火縄銃。岐阜市制120周年を記念して2009年(平成21年)9月「信長公の銅像を贈る会」により設置されました。像の高さは、台座を含め11mの巨大信長像、信長公自身は3mになります。岐阜駅の改札を出て北側、岐阜城側へ出るとご…
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- 禅幢寺

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- 西濃
- 永禄元年(1558)竹中氏が6000貫の領主となり、竹中半兵衛は、父重元と共に菩提山に城を築きました。天正7年(1579)播州三木(現在の兵庫県三木市)の陣において行年36歳の若さで病没した半兵衛の菩提を弔うために、その子重門がこのお寺に墓を移しました。お寺の背…
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- 大垣城

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- 西濃
- 全国的にも珍しい4層の天守を持ち、「城下町・大垣」のシンボルとして市民に親しまれている大垣城。慶長5年(1600年)の関ケ原の戦いでは、西軍・石田三成の本拠地にもなり、本戦部隊が関ケ原に移動した後も壮絶な攻防戦が繰り広げられました。戦国の世が去った江戸時代…
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- 中山道 太田宿

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- 岐阜・中濃
- 中山道六十九次51番目の宿場にあたる太田宿は、中山道の三大難所の一つに数えられた「太田の渡し」があり、飛騨街道と郡上街道の分岐点でもあったところから、大いに栄えました。「太田宿中山道会館」を出発点に、皇女和宮下向のおりに新築された「旧太田本陣門」、…
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- 遠見山(川辺町)

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- 岐阜・中濃
- 遠見山は登山のスポットしても人気ですが、遠見山周辺に多く残る史跡もお楽しみいただけます。遠見山にはかつて下麻生城(しもあそうじょう)という山城があったとさせています。断がい上にあった下麻生城は遠望は白川・八百津・兼山方面におよび、飛騨街道の要衝を占…
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- 福束城跡 福満寺

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- 西濃
- かつて舟運の拠点だった城跡、福満寺は、寛正元年(1459)に僧盛道の開基の真宗大谷派の寺院で本尊は阿弥陀如来です。福満寺には、旧福束城を記録した「古版木」が残っています。版木の図柄は、中央に福満寺の本堂を画き、左に丸毛兵庫頭の墓、右に鎮守佐々木大神宮、…
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- 関ケ原合戦の日 イベント

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- 西濃
- 9月15日「関ケ原合戦の日」に合わせて、今年は9月12日(土)~9月23日(水・祝)までイベントを開催!関ケ原合戦の日を堪能できるウィークになっており、今年もとても豪華な内容になっております!ぜひ関ケ原町に遊びにおいでください。 ※都合により、予定を変更させ…
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- 岐阜大仏(正法寺)

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- 岐阜・中濃
- 1832年に、実に38年の歳月を費やして完成した岐阜大仏は、高さ13.7m日本三大仏の一つに数えられ、乾漆仏としては日本一の大きさ。 大イチョウを直柱として、骨格は木材で組み外部は良質の竹材と粘土で造られ、その上を一切経で糊張りし漆を塗り金箔を置いたもの…
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- 竹中氏陣屋跡 (岩手城跡)

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- 西濃
- 戦国時代の智略が飛び交うなかで、豊臣秀吉の名軍師『竹中半兵衛』とその一族の活躍には目を見張るものがありました。半兵衛の息子重門(しげかど)が、築造した陣屋跡には白壁の櫓門、がっしりとした石垣が残っており、旗本では珍しい城郭建造物です。関ケ原の合戦で…
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- 南宮大社

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- 西濃
- 美濃の国の一の宮。「鉱山・金属業の総本宮」として深い崇敬を集めています。慶長5年(1600年)の関ケ原の合戦で全社殿を焼失しますが、寛永19年(1642年)、将軍徳川家光によって再建されました。和様と唐様を折衷した独特の「南宮造」と呼ばれる建築様式で、建造物1…
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- 念興寺の「鬼の首」

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- 岐阜・中濃
- 鬼の首は、950年ごろに高賀山信仰で有名な藤原高光(ふじわらたかみつ)が、瓢ヶ岳(ふくべがたけ)に出た鬼を退治したものだと言われています。徳川綱吉の元禄時代(1688~1703年)にその鬼のシャレコウベを粥川太郎右衛門(かいがわたろえもん)が、念興寺に持ち帰…
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- 杉原千畝記念館

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- 岐阜・中濃
- 第二次世界大戦中、ユダヤ難民へのビザ発給により、数千人もの命を救った「杉原千畝」。杉原千畝記念館は、彼の人道的な精神と功績を称えて建てられました。ごく一般の環境と家庭で育った杉原千畝が、自国の文化を愛しながらも他国の人と共感できる国際人としての資質…
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- 千代保稲荷神社【海津市】

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- 西濃
- "おちょぼさん"の愛称で親しまれている千代保稲荷神社。今から約500年前の室町時代、森八海が須脇の里を開き、義家公から授けられた源氏の霊壺や宝剣等を祀ったのが始まりとされています。商売繁盛や家内安全の神様として知られており、年間120万人の参拝者…
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- 長滝白山神社・長瀧寺

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- 岐阜・中濃
- 養老年間に泰澄大師が創建して以来、白山信仰の中心地となり、特に天長5年(西暦828年)天台宗を継いでからは一万三千石の寺領を持ったほど栄えたと伝えられています。 境内には鎌倉時代の作と言われる石灯籠、宝物殿には「正和の壺」他に手鉾・能面など多数の文…
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- 長束正家陣跡

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- 西濃
- 豊臣秀吉の仕え、高い算術能力で活躍し五奉行の一人。関ケ原の合戦では、伊勢方面から美濃へ転戦し、本戦では、南宮山に陣を構えたが、吉川広家にはばまれ、合戦に参戦することができず、領地である近江水口へ撤退した。
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- 関ケ原古戦場 決戦地

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- 西濃
- 笹尾山を背に、現在は田園の広がる中程に「決戦地」があります。1600年9月15日午前、関ケ原の戦いは西軍有利の展開で進んでいたといわれています。しかし、小早川秀秋の裏切りによって状況は一変し、一挙に東軍が優勢となり、奮闘むなしく西軍は敗北します。そしてこ…
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- 中山道 落合宿

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- 東濃
- 木曽路の険しい難所をひかえる旅人たちを迎えた落合宿は、石畳が当時のまま現存し、今も中山道の面影が浮かぶ、山あいの街道情緒を残す宿場町。本陣は美濃17宿に唯一残る本陣建築で国の史跡。3月から11月まで、毎週日曜日と祝日の9:00~16:00まで一般公開されていま…
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- 水の都おおがき舟下り

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- 西濃
- 大垣は、地下水が豊富でおいしい水に恵まれていたことから、「水の都、水都」と呼ばれ、現在も自噴井など豊かな水の文化が残されています。市内の中心部を流れる水門川沿いには、季節の自然を楽しみながら歩くことができる遊歩道「四季の路」が整備され、水都大垣にふ…
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- 岐阜浮世絵春画美術館

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- 岐阜・中濃
- 浮世絵師たちが性愛を肉筆や版画で描いた「春画」は平安時代に始まり、江戸時代に全盛期を迎えました。この春画を約2千点集めたコレクターの柴田正寛さんが館長の「岐阜浮世絵春画美術館」。絵師の繊細な描画、巧みな色使いで描かれた春画の遊女の表情には、もの悲し…
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