岐阜の
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- 歴史を知る
- 瑞林寺

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- 岐阜・中濃
- 地元特産の蜂屋柿を室町幕府10代将軍足利義稙に献上して与えられた「柿寺」の称号で呼ばれる名刹。総高481cmの木造弥勒仏坐像(蜂屋大仏)をはじめ、県や市の文化財が多くあります。また「徳川家康への干し柿の献上」が記された由緒書が数種あり、「関ヶ原の合戦直前…
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- 春日局出生地 (春日局公園)

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- 西濃
- 春日局公園徳川家光 公の乳母として、大奥の基盤を整えたと知られている「春日局(= お福)」母の兄は、「明智光秀」公 ・・・ とも言われています。父の「斎藤利三」公は、「明智光秀」公の重臣として本能寺の変、山崎の合戦で行動を共にした白樫城主(揖斐川…
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- 栗原九十九坊跡(長宗我部盛親陣跡)

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- 西濃
- 栗原九十九坊跡は、栗原山の山頂部から東山麓に広がる大規模な寺院群です。栗原九十九坊跡との関係が想定される清水寺跡に近接しています。長宗我部元親の四男、父の死後、地家督を継ぐ。当初、東軍に与するつもりだったというが、行きがかり上、西軍に属することとな…
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- タルイピアセンター・歴史民俗資料館

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- 西濃
- 竹中半兵衛の生涯、中山道と美濃路の追分として賑わった垂井宿などを紹介している。また、古墳の石室を再現しているコーナーもある。
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- 大谷吉継顕彰碑

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- 西濃
- 富国強兵を掲げた明治期から戦時色を強めた昭和初期にかけて、関ケ原の合戦は、戦術・戦略研究の対象となり、古戦場では実際に演習も行われました。昭和15年(1940年)に不破古跡保存会によって顕彰碑は設置され、顕彰碑は大谷吉継の最後を武士道の模範として称える内…
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- せきがはら史跡ガイド

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- 西濃
- 「せきがはら史跡ガイド」は、関ケ原町の史跡講座を2年間受講したメンバーで構成されています。希望の時間(9:30~16:30の間で自由設定) やコースに合わせて関ケ原の名所古跡を案内してくれるので、旅のプランに組み込みやすいです。また、初めて関ケ原を訪れた方…
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- 可児郷土歴史館

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- 岐阜・中濃
- 古代から近代の可児の歴史を網羅する歴史資料館として、化石、考古、彫刻、窯業、陶芸の各分野の資料が展示されています。古代の哺乳動物の化石や、志野、織部の古陶器など、貴重な資料を通じて、可児市の特徴誇りある歴史文化を知ることができます。また、県の重要文…
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- 東山遊歩道

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- 飛騨
- 飛騨高山の象徴である「古い町並」の喧騒を離れ、江名子川のせせらぎを背に東へ少し歩を進めると、そこには飛騨高山の礎を築いた戦国武将・金森長近公が、京都の東山になぞらえて築き上げた「東山寺町」があります。ここは隠れた散策スポットとなっており、この遊歩道…
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- 表佐太鼓踊り

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- 西濃
- 江戸時代初期に、美濃中山の水神さんに雨乞いをし、願いがかなったお礼に太鼓や鉦鼓を鳴らして、感謝の意を示したことが始まりとされます。現在は、若者の娯楽や鍛錬をかねた神事芸能として行われ、60kgもの大太鼓を腹に付け、音頭にあわせて踊りながら打つ様は勇壮で…
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- 南泉寺

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- 岐阜・中濃
- 永正14年(1517年)に当時の守護・土岐政房(頼武・頼芸の父)が、仁岫宗寿を招いて「土岐氏の菩提寺」として開山しました。頼武の長男である頼純が、天文16年(1547年)に亡くなった際は、この寺に葬られたといい寺内には頼純の墓があります。頼芸が大桑城主の時代は…
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- 松平忠吉・井伊直政陣跡

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- 西濃
- 関ケ原の合戦で、井伊直政は事実上の総大将で先鋒役の意識が強く、直政の娘婿で初陣でもある松平忠吉(徳川家康の四男)に手柄を立てさせたい一心でした。東軍先鋒は、福島隊と決まっていましたが、午前8時頃に福島隊の先頭隊長の可児才蔵の制止を振り切り、宇喜多隊…
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- 東首塚

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- 西濃
- JR関ケ原駅のすぐ西の跨線橋を渡ると、左手に広葉樹の森がありその中に「東首塚」があります。朱色の大きな門を抜けると、その奥にスダジイの大木が茂った塚があります。この塚は関ケ原合戦後、徳川家康が床几場で首実検をし、その後東西2ヶ所に埋葬したことから「東…
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- 土佐屋

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- 東濃
- 土佐屋は、今から約260年前に染物業を営んでいた商家で、建物自体は平成8年より復元工事が行われ、平成11年4月に「工芸の館」土佐屋としてオープンしました。当時の藍染めの工程を学ぶことができる染工場や、土佐屋の歴史をおさめた土蔵の展示室、庭の天正疎水などは…
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- 日本大正村役場 (旧明智町役場)

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- 東濃
- 明治39年に建てられ、昭和32年まで「明智町役場」として使用されていました。瓦葺き寄せ棟造り2階建ての木造洋館は、当時としては超モダンともいえるものでした。(平成11年 文化庁より有形文化財に指定)
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- 揖斐川歴史民俗資料館

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- 西濃
- 室町時代後期~安土桃山時代(戦国時代)に活躍した美濃三人衆の一人「稲葉一鉄(稲葉良通)」の甲冑や揖斐川を利用した舟運資料、揖斐まつりの展示、野外展示には旧徳山村から移築した民家など揖斐川町の各種民俗資料を見ることができます。
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- 野原城趾

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- 岐阜・中濃
- 天正元年(1573年)東濃制覇をめざす苗木遠山氏に攻められ陥落した城の跡。ここからの眺めは一見の価値があります。鉄道ファンにはたまらない撮影スポット。四季折々の景色をバックに、川沿いを走る車両は絶好の被写体になるはずです。
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- 駒野城跡

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- 西濃
- 慶長5年(1600年)8月19日、高須城を落とした東軍が攻め寄せたため、駒野城主 高木帯刀(たかぎたてわき)は、同族の高木貞友の説得を受けて開城しました。城山小学校の敷地内に本丸と土塁、二の丸の一部が残されています。※城山小学校の敷地内になるため、敷地内に…
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- 竹ヶ鼻城跡

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- 岐阜・中濃
- 羽島市歴史民俗資料館(竹鼻別院前)の敷地内に竹ヶ鼻城跡の石標は立っています。応仁年間に武腰伊豆守が竹ヶ鼻城を築城したと云われています。その後、不破源六広綱が城主時代に、羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)による「水攻め」があったことで知られてます。竹ヶ鼻城跡の…
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- 明智光秀公ブロンズ像

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- 岐阜・中濃
- 大河ドラマ「麒麟がくる」の主人公 明智光秀が、出生地の故郷明智荘に438年の時を経てよみがえりました。高さは台座を含めて約4m30cm、鎧に陣羽織を羽織り、鉄砲を携えた迫力のある立像です。人々が穏やかに暮らせる、争いのない時代を願って可児から雄飛した…
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- 鬼の首塚

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- 岐阜・中濃
- 御嵩町の願興寺に残る寺記「大寺記」には、約800年前、現在の鬼岩(御嵩町次月・瑞浪市日吉地内)に関の太郎という鬼が住んでいたと伝えられており、近隣の村や町に降りては悪さをし、乱暴狼藉を極めたと言われています。困り果てた町民たちは、神様や仏様の力を借り…
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