岐阜の
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- 白山文化博物館

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- 岐阜・中濃
- 「白山文化の里」のシンボル施設として、霊峰白山をイメージした外観の「白山文化博物館」。「道の駅白鳥」に隣接し、内部は白山に関する文化を写真・映像で紹介するテーマ展示や各地の史跡施設を紹介、国の重要文化財も展示しています。
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- 木曽三川公園 夏の水物語【海津市】

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- 西濃
- ヒマワリや温帯性スイレンなど、「夏の花」が咲き誇る園内で納涼体験をお楽しみください。 最新の情報は木曽三川公園公式HP(https://www.kisosansenkoen.jp/~center/mkisosansenevent.html)をご確認ください。 会場混雑時には入場制限をさせていただくこと…
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- 連理の榊

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- 西濃
- 国の天然記念物指定を受けたサカキで、推定樹齢300~400年の大木。根本は二幹に分かれていますが、枝が絡み合って一体になっていることから、連理の榊とわれています。関ヶ原合戦時には西軍の長宗我部盛親がこの辺りに陣を張りました。
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- 長宗我部盛親陣跡

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- 西濃
- 長宗我部元親の四男、父の死後、地家督を継ぐ。当初、東軍に与するつもりだったというが、行きがかり上、西軍に属することとなる。南宮山に陣を敷いたが毛利軍が動かず、戦わずして引き上げた。西軍主力の一角として、南宮山に布陣した。
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- 田中吉政陣跡

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- 西濃
- 「田中吉政陣跡」の碑は「徳川家康最後陣跡」のすぐ隣にあります。以前は、関ケ原字甲斐墓という場所にあり、現在の陣場野に移されたのは昭和62年のことでした。『関原合戦図志』によると、合戦時の田中隊のはっきりとした布陣地はわかっていないようですが、田中隊は…
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- 兜塚

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- 西濃
- 野一色助義(通称:野一色頼母(のいっしきたのも))は、近江国の出身で豊臣三中老の一人「中村一氏」公の家老として8千石で仕えた人物です。関ケ原の合戦の時、「中村一氏」は、東軍に属しますが、関ケ原の合戦直前の7月に亡くなったため弟「中村一栄」と共に出陣…
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- 福束城跡 福満寺

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- 西濃
- かつて舟運の拠点だった城跡、福満寺は、寛正元年(1459)に僧盛道の開基の真宗大谷派の寺院で本尊は阿弥陀如来です。福満寺には、旧福束城を記録した「古版木」が残っています。版木の図柄は、中央に福満寺の本堂を画き、左に丸毛兵庫頭の墓、右に鎮守佐々木大神宮、…
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- 河田木曽川渡河の戦い跡・木曽川文化資料館

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- 岐阜・中濃
- 岐阜城城主・織田秀信(かつての三法師)を攻めるため木曽川を渡る東軍 (池田輝政・浅野幸長・山内一豊等) とそれを迎撃する西軍 (木造具政・百々綱家等) の戦いです。東軍は、木曽川渡河を決行、木曽川の中洲の小屋場島(現・各務原市)まで進軍し陣を張る。西軍は、…
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- 虚空蔵堂と承久の乱古戦場跡

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- 岐阜・中濃
- 中山道(東山道)を江戸から京へ向かうとき、太田宿の西の出口にあり、ここから急な坂道を下り、木曽川沿いを進み、京を目差しました。虚空蔵堂は旅人の休憩所や旅の巡礼が宿泊したとも云われています。鎌倉時代、承久の乱では、朝廷側(後鳥羽上皇・総大将:藤原秀康…
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- 大桑城へ はじかみコース(はじかみ林道登山口)

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- 岐阜・中濃
- はじかみ林道の峠にある登山口より古城山を登るコースの入口です。ルートの大半は緩やかで、距離も長くならないことから、古城山山頂からの雄大な眺めを楽しみたい方にお勧めです。山頂までの距離:約750m山頂までの時間:約20分~30分は必要登山口には、お手洗いはあ…
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- 大桑城へ けんきゃくコース(古城山登山口)

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- 岐阜・中濃
- 山麓の古城山登山口より古城山を登るコース大桑城の遺構を見ながら山頂を目指します。ルートの一部に傾斜の急なところがあり、距離もあることから、体力に自信のある方にお勧めです。山頂までの距離:約2.1km山頂までの時間:約60分~90分バスでお越しの場合は、古城…
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- 大雄寺

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- 飛騨
- もとは吉城郡上広瀬村(現高山市国府町)にありましたが、1586年に金森長近によって、現在の地に移され、浄土宗の寺となりました。鐘堂は1689年に建てられた飛騨地方最古のものです。
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- 小原城址

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- 岐阜・中濃
- 小原集落の中央部にある白山神社の奥山一帯に城の遺構が残っています。城の規模は小規模で、小倉の姓を名乗る一族が城主であったと伝えられています。普段は神社西側の小倉屋敷(跡)で生活をし、有事のときのみ城を利用していた言われています。現在でも曲輪、堅堀、…
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- 落合砦(千畳敷公園)

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- 東濃
- 明知城が宝治元年(1247年)に築城されたころ、この千畳敷台地に落合砦を築いたと伝えられています。伝承によれば、明智光秀公はこの砦で生まれ、産湯として使ったとされる井戸が残されています。
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- 細川忠興陣跡

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- 西濃
- 父・幽斎(藤孝)とともに当代一流の文化人として知られ、千利休の高弟である「利休七哲」にも名を連ねました。豊臣恩顧の武将でしたが、石田三成とは仲が悪く、この関ケ原の合戦では最初から東軍として参戦しました。というのも、徳川家康が会津征伐のため大坂を留守…
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- 開元院

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- 東濃
- 土岐頼元が創建したと伝わる曹洞宗寺院。本尊は、観音菩薩で土岐市の定林寺の本尊を移したと伝わっています。この本尊は、岐阜県の重要文化財となっています。
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- 樫原城跡 津島神社

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- 西濃
- 樫原城跡は、令和2年1月の調査で「戦国時代後半の山城」と確認されました。地域に伝わる古い記録には、「永禄のころ、秀吉の長島攻めのとき、樫原に陣を置いた。永禄の頃、三輪三人衆の一人、佐渡が樫原に住んだ。」と書かれています。「明智氏一族宮城家相伝図書」(…
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- 野古墳群

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- 西濃
- 大野町に点在する200基を超える古墳の中でも5世紀後半から6世紀初頭(今からおよそ1500年前)にかけて造営された野集落西方にある古墳群。この時代にこれだけの規模の古墳が密集して造営されることは稀なため、国の史跡に指定されています。古墳群成立当時は、もっと…
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- 大須観音(真福寺)

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- 岐阜・中濃
- 寛元の頃(1240年代)に観音堂を建立。北野神社より分霊を受け北野山真福寺という大寺に発展しましたが、戦国時代に入ると次第に衰退の一途を辿ります。織田信長により一時再興されるも、慶長10年(1605年)の木曽川の大洪水で堂塔は全て流失しました。元和元年(1615…
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- 松倉城跡(国指定史跡)

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- 飛騨
- 松倉城とは飛騨地方南部を支配した三木氏の城で、豊臣秀吉の命を受けた金森氏が侵攻し、その後破城が行われたとされています。本丸・二ノ丸・三ノ丸の城中枢部を総石垣造りとしており、本丸の中心部には穴蔵状に石垣が囲んでいます。発掘調査によって、本丸内部の構造…
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