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- 美濃路 墨俣宿本陣跡

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- 西濃
- この墨俣宿本陣跡には、本陣の由来を示す石碑と渡船場常夜燈があるだけです。慶長5年、伊達政宗が宿泊したこともあり「伊達様御本陣」とも言われていました。本陣は、代々澤井家が務めていました。
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- 小西神社

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- 西濃
- 1600(慶長5)年関ヶ原合戦に敗れた小西行長は春日中山へ逃げ、観音寺で匿われたが、捕らえられ、中山に騙されたと思いこんだ行長は強い恨みを持った。それから度々大火が起こるようになり、これを小西行長の祟りと恐れた中山では墓を作り、寺に祀って大改装を行…
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- 森部川古戦場薬師堂

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- 西濃
- 永禄4年、織田信長は西美濃を征服しようと、本郷村より長良川を渡って森部村に進出し、斉藤龍興の軍と戦いました。斉藤軍6000人に対し、織田軍1500人で戦い、墨俣の下宿から押し寄せてきた斉藤軍を信長は見方を三手に分け、敵を挟み撃ちにして破りました。この戦いで…
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- 境谷処刑場

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- 岐阜・中濃
- 近世の農民にとって林野は、生活資材、肥料、秣(まぐさ)などの供給源及び用水源として欠くことのできないものであったが、その利用形態は、制度的に明確な規定はなく、一般的に入会(いりあい)の形が多かった。それが御立山の設定や新田開発が行われるようになると、地…
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- 飛騨高山観光人力車ごくらく舎

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- 飛騨
- 江戸の面影を今に伝える、飛騨高山の「古い町並」。軒下を流れる用水のせせらぎ、格式ある出格子、四季の移ろいを映す宮川の表情。この街の美しさは、ただ歩くだけでは見落としてしまいがちな、細やかな風景にこそ宿っています。そんな高山の魅力を、少し高い目線から…
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- 脇坂安治陣跡

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- 西濃
- 関ケ原の南方、現在の名神高速道路と黒血川との間、松尾山のふもとに「脇坂安治陣跡」はあります。脇坂安治は朽木元綱・小川祐忠・赤座直保とともに西軍として布陣しましたが、小早川秀秋隊が寝返ると4隊とも大谷隊へ攻撃をしかけ、最終的には東軍を勝利に導きました…
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- 合渡川の戦い跡

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- 岐阜・中濃
- 米野の戦いの敗報を聞いた石田三成は、岐阜城の後詰として合渡川(長良川)右岸の河渡に「重臣 舞兵庫(まいひょうご)」を派遣。慶長5年(1600年)8月23日、黒田長政・田中吉政・藤堂高虎ら東軍は、合渡川を渡河して西軍を攻撃、不意をつかれた西軍は敗走し大垣城に…
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- 大桑城へ けんきゃくコース(古城山登山口)

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- 岐阜・中濃
- 山麓の古城山登山口より古城山を登るコース大桑城の遺構を見ながら山頂を目指します。ルートの一部に傾斜の急なところがあり、距離もあることから、体力に自信のある方にお勧めです。山頂までの距離:約2.1km山頂までの時間:約60分~90分バスでお越しの場合は、古城…
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- 勝川家

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- 東濃
- 「江戸城下町の館 勝川家」は、平成15年8月にオープンしました。勝川家は屋号を「松屋」といい、江戸末期から台頭した商家です。江戸後期の建物で、木造2階建て2軒の建物からなっている古い家です。室内は、書院・茶室・使用人部屋などがあり、往時の暮らし向き…
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- 明智光秀公学問所と天神神社

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- 東濃
- 万ヶ洞にある天神神社は、明智光秀公が若かりし頃、京都嵯峨天竜寺の雲水・勝恵という学僧を招き、ここで学問に精進したと言われています。祭神は菅原道真公であり、京都北野の天満宮からの分祀と伝えられています。
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- 東山白山神社

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- 飛騨
- 養老2年(718年)現安川通りに鎮座され、高山郷最古の氏神様として尊崇されましたが、天正14年(1585年)飛騨を領国した金森氏が城下町を経営するにあたり現在地に奉還されました。例祭には祭屋台と八角神輿が曳きだされます。神楽台毎年5月5日の例祭に引き出される祭…
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- 旧森川訓行家住宅(丸森)

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- 東濃
- 旧森川訓行家住宅は、中山道大湫宿の北部に位置し、一族の中でも各々を区別するために「丸森」と呼ばれ、旅籠屋の他に尾州藩の許可を得て塩の専売も行い、繁盛を極めたとされています。建物は江戸時代末期の建築と推察され、江戸の町屋形式をそのまま有し、当時の旅籠…
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- 井高一号古墳(火塚)

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- 岐阜・中濃
- 古くから通称「火塚」の名で人々に知られており、古墳時代の終り頃である7世紀頃に築かれたと考えられています。古墳の形をみると、上が円形で下が方形の「上円下方墳」という珍しい形をしていることが分かります。石室も良好に残っており、町指定の史跡になっていま…
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- 伏見宿本陣跡碑

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- 岐阜・中濃
- 現在は伏見公民館が建っていますが、本陣跡碑や数軒の格子の家並みが往時の様子を偲ばせています。本陣跡碑の傍らに建てられた境界傍示杭は、もとは伏見の西坂にあり「是より東尾州領」と刻まれており、これは西坂から東が尾張藩領であったことを示しています。
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- 菊姫の墓(中津川市史跡「五輪塔」)

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- 東濃
- 比丘(びく)尼(に)寺と呼ばれるこの地には、かつて木曽義仲の妹・菊姫が亡き兄を弔うために創建した寺、法明寺があったと考えられ、菊姫の墓もこれら五輪塔の中にあるとされる。鎌倉幕府が編纂した歴史書『吾妻(あづま)鏡(かがみ)』によれば、源頼朝の妻政子と菊姫は猶…
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- 宗猷寺

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- 飛騨
- 1632年(寛永9)金森三代重頼(しげより)と重勝(しげかつ)*の兄弟が父金森可重(ありしげ)の菩提を弔うために建立し、境内は鐘堂、本堂、観音堂、庭園などからなっている。また、幕末から明治時代の幕臣山岡鉄舟(やまおかてっしゅう)が1845年(弘化2年)、幕府…
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- 小島城跡

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- 飛騨
- 小島城は姉小路三家の一角・小島氏の居城です。高原郷と小島郷を結ぶ神原峠の峠道が脇を通る交通の要衝に位置します。ここには算木積みといわれる石垣がありますが、旧来の飛騨の山城には見られないものです。そのため小島城は金森氏が改修した可能性があるといわれて…
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- 東首塚

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- 西濃
- JR関ケ原駅のすぐ西の跨線橋を渡ると、左手に広葉樹の森がありその中に「東首塚」があります。朱色の大きな門を抜けると、その奥にスダジイの大木が茂った塚があります。この塚は関ケ原合戦後、徳川家康が床几場で首実検をし、その後東西2ヶ所に埋葬したことから「東…
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- 龍安寺

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- 岐阜・中濃
- 山門に梵鐘を吊った鐘楼門があるお寺。口径60.5cm、総高113cm、青銅製の梵鐘「鴻鐘」と呼ばれ、南北朝時代後期の工芸技術をよくあらわしていることから県の重要文化財に指定されています。
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- 大桑城へ はじかみコース(はじかみ林道登山口)

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- 岐阜・中濃
- はじかみ林道の峠にある登山口より古城山を登るコースの入口です。ルートの大半は緩やかで、距離も長くならないことから、古城山山頂からの雄大な眺めを楽しみたい方にお勧めです。山頂までの距離:約750m山頂までの時間:約20分~30分は必要登山口には、お手洗いはあ…
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