岐阜の
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- 伊自良湖・甘南美寺

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- 岐阜・中濃
- 伊自良湖は、周囲約2.4キロメートルの人造湖。四季折々の美しさをもち、中でも紅葉の季節は格別。ボートの上からも紅葉を堪能できます。また、水面に映える紅葉も風情があります。伊自良湖のすぐ近くにある、甘南美寺の紅葉もおすすめです。堂々たる本堂は、近代和風…
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- いわむら美術の舘(旧柴田家)

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- 東濃
- 柴田家住宅は明治時代の典型的な建造物で、設備工事によって平成15年にいわむら美術の館としてオープンしました。絵画を中心に展示され、建物とともに見学できます。二階には岩村ゆかりの画家、原田芳洲の作品が展示されています。岩村城下町に訪れた際には、是非足…
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- 桜洞城

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- 飛騨
- 桜洞城は、戦国時代に益田一帯を制して、勢力を振るった三木氏の居城があったところ。三木氏が飛騨全域を統一して、高山盆地に城を築いてからは、ここを冬の宿地としたことから、「冬城」の名でも知られている。発掘調査の結果、城内の規模は南北約147m、東西約97m…
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- 赤坂宿本陣跡・本陣公園

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- 西濃
- 江戸時代、大名・貴族の旅館として設置された中山道赤坂宿の本陣。間口24間4尺、邸の敷地は2反6畝26歩、建物の坪数は、およそ239坪もあり、玄関・門構えの豪勢なものでした。文久元年10月25日、皇女和宮がここに泊したことは有名です 。(皇女和宮ゆかりの地)
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- 新加納陣屋

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- 岐阜・中濃
- 慶長五年(1600)八月、関ヶ原の戦いの前哨戦である岐阜城の戦いの前に、木曽川を渡って岐阜城の攻略を目指していた東軍の池田輝政と、新加納において待ち構えていた西軍の岐阜城主織田秀信の軍勢との戦いがありました。新加納には西軍によって砦が築かれており、秀信…
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- 南泉寺

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- 岐阜・中濃
- 永正14年(1517年)に当時の守護・土岐政房(頼武・頼芸の父)が、仁岫宗寿を招いて「土岐氏の菩提寺」として開山しました。頼武の長男である頼純が、天文16年(1547年)に亡くなった際は、この寺に葬られたといい寺内には頼純の墓があります。頼芸が大桑城主の時代は…
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- 飯羽間城跡

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- 東濃
- 岩村氏から分出した遠山一族の遠山飯羽間(飯間)氏が本拠した城の跡地。岩村城の支城(岩村城を守るために造られた小さな城)であり、苗木城・明知城とお互いに連携を取りつつ、本城の外郭防衛線を形成していたといわれています。中でも飯羽間城は岩村本城に最も近距…
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- 史跡 江馬氏館跡公園

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- 飛騨
- 「史跡江馬氏館跡公園」は、室町時代から戦国時代にかけて北飛騨を治めていたといわれる武将・江馬(えま)氏の館跡に、中世の武家館(下館跡の庭園、庭園を鑑賞する会所、主門、土塀など)が復元された歴史体験ゾーンです。 公園のある江馬氏の館跡周辺は、近世以降…
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- 旧街道(中馬街道と南北街道)の交差点

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- 東濃
- 恵那市明智町常盤町にある交差点。南北街道と中馬街道の出遇い辻。東へたどれば、伊那路から塩尻へ。西は、 尾張へ。南に下がれば、奥三河から岡崎へ。北は 、中山道へ。かつては馬子の唄声やお伊勢参りの人たちで賑わった宿場の中心でした。
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- 南宮大社 花手水 花手水呈茶席

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- 西濃
- 岐阜県不破郡垂井町にある南宮大社は美濃國一宮として古く神話の時代、伊耶那美命(いざなみのみこと)が火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)をお生みになられた際にお生まれになられた鉄鉱・鉱山を司る金山彦大神を主祭神として、現在でも南宮大社は金属の総本宮として全…
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- 顔戸城址

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- 岐阜・中濃
- 大河ドラマ「麒麟がくる」で注目を集める可児市北東部から御嵩町西部にかけて存在したとされる明智荘は、古来「明智八郷」と言われており、現在の御嵩町の古屋敷・顔戸、可児市の柿田・渕之上・平貝戸・瀬田・石森・石井の8つの集落を指します。この明智荘には、美濃…
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- 源平墨俣川古戦場 義円公園

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- 西濃
- 平安時代末期の養和元年(1181年)2月4日、「平清盛」病死。東国源氏は、勢を得て京へ攻め上ります。3月10日、源氏を迎え討つため、平家は「平重衡」を総大将として、杭瀬川(岐阜県大垣市)を渡り右岸の墨俣側(上下宿)に陣しました。一方、源氏の将「行家」(新宮…
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- 春日局出生地 (春日局公園)

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- 西濃
- 春日局公園徳川家光 公の乳母として、大奥の基盤を整えたと知られている「春日局(= お福)」母の兄は、「明智光秀」公 ・・・ とも言われています。父の「斎藤利三」公は、「明智光秀」公の重臣として本能寺の変、山崎の合戦で行動を共にした白樫城主(揖斐川…
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- 瑞巌寺・小島頓宮の碑

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- 西濃
- 美濃国と尾張・伊勢の合わせてた『 三ヶ国の守護大名 土岐頼康 』と 父「頼清」の墓があります。また、南北朝時代、北朝の第4代・後光厳天皇(ごこうげんてんのう)を招いた「小島頓宮」の碑も境内にあります。揖斐川町:明智光秀ゆかりの地
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- 地歌舞伎公演(中津川市)

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- 東濃
- 地元の役者たちによって演じられる「地歌舞伎」。大歌舞伎では見られなくなった演目や特有の振付が見物!受け継がれてきた伝統芸能の粋をお見逃しなく!
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- 大正村資料館

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- 東濃
- 大正村資料館町のシンボル「銀行蔵」と南隣りの「大正の館」を含む一郭がその中心です。館内は、明治から大正時代の教科書や蓄音機などが展示されております。なお、館内には地元名産品などを取り扱う売店もありお土産なども購入できます。銀行蔵木造百畳敷き4階建て…
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- 野古墳群

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- 西濃
- 大野町に点在する200基を超える古墳の中でも5世紀後半から6世紀初頭(今からおよそ1500年前)にかけて造営された野集落西方にある古墳群。この時代にこれだけの規模の古墳が密集して造営されることは稀なため、国の史跡に指定されています。古墳群成立当時は、もっと…
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- 明智光秀公ブロンズ像

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- 岐阜・中濃
- 大河ドラマ「麒麟がくる」の主人公 明智光秀が、出生地の故郷明智荘に438年の時を経てよみがえりました。高さは台座を含めて約4m30cm、鎧に陣羽織を羽織り、鉄砲を携えた迫力のある立像です。人々が穏やかに暮らせる、争いのない時代を願って可児から雄飛した…
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- 中津川中山道歴史資料館

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- 東濃
- 中山道は江戸幕府が直轄する幹線道路である五街道の一つです。その前身は東山道と呼ばれ,古くから西国と東国を結ぶ重要な街道でした。そして,江戸時代には東海道とともに江戸と京都・大坂を結ぶ重要な街道として発展を遂げました。中津川には中津川宿・落合宿・馬籠…
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- 十一面観世音菩薩立像(別府観音堂)

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- 岐阜・中濃
- 別府観音堂に安置されている通称「別府観音」とよばれる観音像は、谷汲山の観音像と同作等身の像で、 古来より兄弟の霊像であると伝えられています。像高182.4cm・台座の高さ9.0cmの桧材一木造彫眼で衣文の彫り、裳の折り返し、裾など穏やかで丸みをおび、 温和で均整…
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